これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/01/03 麻布の自治 (3) 生徒活動費

私が在籍していた 6 年間で、生徒活動費の値上げが二回、決定されたように思う。 一回目は私が中学二年の時で、それまで 3 % であった消費税率が翌春から 5 % に引き上げられることに対応するものであった。 手続としては、全校投票によって可決されれば生徒活動費の額は変更できることになっていたように思う。 ただし、詳しい経緯は記憶していないが、この時にはサークル連合 (サー連) 総会でも決議が行われた。 この年、私は囲碁部を代表してサー連総会に出席していた。 サー連総会には加盟サークルから代表者が一名以上、出席するのだが、私のように低学年の者も少なくなかったのである。

理由が理由だけに、この時の値上げはあまり問題なく実施されたと記憶している。 ただし、私は、サー連総会の場で挙手して次のような意見を述べた。 「消費税率変更の影響は、日本国民全体が等しく受けるものであって、我々だけが生徒活動費値上げによって影響から逃れようとするのは、虫が良すぎるのではないか。」 この意見は、ほぼ相手にされなかった。

もう一回の値上げ決定は、私が高校二年の時で、私の学年が自治組織の中枢を担っていた年度であったと思う。 これも詳しい経緯は忘れたが、サー連を介した各サークルへの補助金を増やすことが主たる目的であった。 当時は、予算の 6 割程度がサー連から交付されていたが、これを 8 割程度にまで増やそうというのである。 ただし「8 割」の根拠は曖昧であり、「全校生徒の 8 割程度が何らかのサークルに入っているから、補助金も 8 割がふさわしい」という、 一見、騙されそうであるが何の論理にもなっていない説明が行われることもあった。

生徒活動費による補助金というのは、つまるところ、金を遣うサークルの支出を、金を遣わない生徒が負担する、という再分配の制度である。 何割程度を補助するべきか、というのは、客観的に決められるものではなく、「8 割」という値の根拠も、本当に不明であった。 上げたい理由が不明なのだから、私は、この時も慎重論を唱えた。

高校三年生の時には、予算委員会の規約改正を巡り、手続き上の不備や改正内容の問題点を指摘して改正反対を唱えた。 また、規約改正要件について、全校投票における「全校生徒の過半数の賛成」を「有効投票の過半数」に引き下げる内容を問題視した。 有効投票を基準としてしまえば、全校投票は有名無実化してしまう。 私は予算委員ではなく、基本的には委員会で発言できない立場であったから、全校投票の段階で規約改正を阻止する戦略をとった。 全校投票で棄権票が増えることを狙い、個人的に反対運動を展開したのである。 規約改正には「全校生徒」の過半数を要するのだから、棄権票は、事実上、反対票と同じなのである。 結局、全校投票では棄権票が多く、否決された。 この棄権票の増加を狙う作戦は、若干、卑怯ではあったが、そもそも予算委員会の広報がキチンとしていれば私個人の動きなどには左右されなかったであろうから、 これは予算委員会の不手際である。

このように書くと、まるで私が突出して「おかしい」人間であったかのように思われるかもしれないが、それほどではないと思う。 周りも、似たような者ばかりであった。 前述の会計局長もかなり激しい人物であったし、そうした我々の間でうまく調整を行っていた黒川君は見事な人物であった。 他の人々も含め、自分達のことは自分達で決める、という、自主自律の精神に富む人々が、麻布の自治組織には集まっていた。

ただし、それは、あくまで麻布中学・高校の生徒の中でも、ごく一部であったように思われる。 「自分達の手で」という理念に燃えていたのは少数派であり、大半は「学校から与えられた自由」に満足していたのではないか。 このあたりが、フランス革命以降、民衆が自分達の手で主権を獲得してきた欧米諸国と、マッカーサーが来るまで主権を持たなかった日本国民との違いであろう。

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