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「アトピー」という語は、世間では、かなりいい加減な使い方をされているように思われる。
医学的には、アトピーとは「アレルギー性疾患を来しやすい遺伝的素因」のことをいう。 従って、たとえば「アトピー性皮膚炎」とはアトピーを基礎とする皮膚の炎症性疾患であり、 「アトピー性喘息」とはアトピーを基礎とするアレルギー性喘息のことを、本来は意味したはずである。 しかし現状では「アトピー性喘息患者の中にはアトピー素因を有さない者もある」などと 意味不明な記述が教科書に書かれていることもある。
世間では、単に「アトピー」といえばアトピー性皮膚炎を指すことが多く、このこと自体、不正確な表現である。 さらに、上述のようなアトピーという語の意味を考えれば、 アトピー性皮膚炎は本来、患者の症状のみをみて診断できる性質のものではなく、 家族歴や他のアレルギー性疾患の併発状況などと組み合わせて、半ば推測によってのみ、診断することができる。
たとえば私の場合、幼少の頃より皮疹が生じやすく、今でも特に四肢に湿疹を生じやすい。 高校生の頃は両手背に慢性皮膚炎があった。工学部時代には一時的に寛解したが 大学院時代から現在に至るまで、足背に慢性皮膚炎を抱えている。 一ヶ月ほど前から膝窩および会陰部に、二週間ほど前からは右手背にも掻痒を伴う湿疹を認め、 増悪するのではないかと警戒している。 また、私は小学生の頃にアトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎との診断を受けたし、今でも慢性的に鼻汁の分泌過多がみられる。
ここで問題にしたいのは、はたして、私の皮膚炎はアトピー性なのか、ということである。 皮膚がかぶれやすく、アレルギー性鼻炎を抱えていることなどから、 私がアレルギーを頻発する体質であるとは推測できるし、 明確な誘引なしに皮膚炎が寛解、増悪をくりかえす点は、世間でアトピー性皮膚炎と呼ばれている疾患に類似している。 しかし、私の家族には、同様のアレルギー性疾患を抱えている者はいない。 これでは、私のアレルギー体質が遺伝性素因に基づくものであるとは推定し難く、アトピー性とはいえないのではないか。
そもそも、責任遺伝子が不明確な状況において、遺伝的素因の有無を判定することは困難である。 そう考えると、「アトピー性」とされる診断の少なくない部分は、 真にアトピー性であるとの確信なしに、「特発性」あるいは「原発性」というような語と同じような意味で、 すなわち「原因不明」という意味で、用いられているのではないだろうか。
「アトピー性」というような名称をつけた診断を下せば、患者は、なんとなく自分の病気のことが わかったような気がして、安心するかもしれない。 しかし、それは医療の限界を隠蔽し、わかったふりをしているだけの、不誠実な姿勢ではあるまいか。