これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2013/11/05 薬理学と EBM

近年、EBM という言葉が流行している。 これは Evidence-Based Medicine の略語であり、 キチンとした科学的根拠に基づいた医療、という意味である。 ここで問題にしたいのは「キチンとした科学的根拠」とは何か、ということである。

EBM という言葉が生まれた背景には、薬理学や病理学に基づいて 論理的考察から生み出された治療法が、しばしば、 実際の臨床では無力であったり有害であったりする、という経験的事実がある。 そこで、「理論的な予想だけでは科学的根拠として不十分である」と言わざるを得なくなり、 現在では、「ランダム化比較対象試験による検証が最も確かな科学的根拠である」ということになっている。 すなわち、理論的予想よりも、統計学的な検証が重視されているのである。

薬理学や病理学が、疾患や薬物の全てを明らかにすることには成功していない以上、 このように統計学的な検証を重視せざるを得ないことは確かである。 しかし、このことは、理論が臨床医学において無力である、とか、 経験は臨床医学において最も貴い、とかいうことを意味するわけではない。

まず第一に、統計学も、理論的予想と同様に、しばしば我々を欺くのである。 たとえばサンプルが偏っているとか、患者に特別な背景因子があるとか、 そういう場合には統計的検証の結果を眼前の患者に適用することができない。

第二に、そもそも統計学的検証が未だ不十分であったり、そもそも不可能な事例すら存在する。 たとえば非常に稀な疾患で、十分なサンプルを集められない場合がこれに該当するし、 三剤以上の薬物を併用せざるを得ない状況での薬物相互作用も、これに含めて良いだろう。

このように統計学的手法が無力である場合には、理論的予想に頼らざるを得ない。 だから、薬理学とか病理学とか生理学とか生化学とか、そうした基礎医学は、臨床においても重要なのである。

医学部教育は、残念ながら知識偏重である。 医学部学生は、工学部や理学部とは異なり、「『なぜ?』と疑問を持ちなさい」とは教えられない。 むしろ、馬鹿げたことに、「権威に逆らうな。教授は絶対だ。」と教えられる。 当然、学生も「教科書にどう書いてあるか」ということを重視し、理論的考察はおろそかにされる。 私は工学部出身であるから、医学部のこうした空気を異常であると理解し、その流れに逆らうことができるが、 高卒で医学部に来てしまった諸君は、どうであろうか。

たぶん、同級生諸君の多くは私を変人と思っているのだろうが、 実は、世間的には私の方がよっぽど多数派に属するのかもしれぬ。

2014 年 2 月 3 日の記事も参照されたし。

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