これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
病院によっては、診療科間の垣根というものが高いらしい。 現代では医療は専門化が進んでいるため、一人の患者について単一の診療科で完結しないことが多く、 他科への診療依頼、いわゆるコンサルトが行われることが多い。 そうした時には、ある種の縄張りのようなものもあり、互いにある程度の遠慮が生じるのが普通であるという。
ある医師は、同級生や友人というのはありがたいものである、と言っていた。 例えばコンサルトに際しても、必ずしも正規の手順を踏まなくても比較的気軽に相談したり、 診療時間外でも互いに融通を効かせたりできる、というのである。 それは確かにその通りであろうし、そういう友人を多く持っておくことは大切である。
しかし、よくよく考えてみれば、というよりも言うまでもないことではあるが、 そもそも診療科間に垣根があること自体が問題である。 「医は仁術」だとか、「人の命を助ける崇高な仕事」だとかいうのは、建前なのだろうか。
小学校三年生の年末であったと思うが、私は急性虫垂炎を患った。 食欲不振と腹痛を主訴に近医を受診し、急性虫垂炎との診断を受けて近くの総合病院へ移った。 この時は化学療法により軽快し、退院した。
その次の春休みの時、ふたたび急性虫垂炎を発症し、同じ病院に入院した。 当時、母から聞いた話では、前回私を担当した医師は、私のために、 家族で春スキーに行く予定をキャンセルしたとのことであった。 私は世間知らずで不躾な子供であったから、「医者はそれが仕事なのだから当然である」 というようなことを言い、母からたしなめられた。
今から思えば、当時の私の発言は極めて不穏当なものであったが、 それでも、正しいことを言ったと思う。 勤務医はサラリーマンであるし、春休みに家族とスキーに行くのは当然の権利であり、 「医は仁術」という言葉を盾にして医師を酷使する悪徳経営者とは闘うべきである。 それでも、自分が担当した患児が再入院したとなれば、たとえ急性虫垂炎ごときであったとしても、 家族とのスキーなどは放置して病院に向かうのが、医師として望ましい姿ではないか。
もちろん現実には、そういう医師は多くない。 それを思えば、あの医師は、立派であった。