これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
また、前回の話の続きである。 京都大学工学部には、良い意味で非常識な教授も多かった。 一番印象に残っているのは、二年生だか三年生だかの時に熱力学を担当した教授である。
ある日、彼は「水飲み鳥」という、鳥の形を模した玩具を持って教室に現れた。 これは、水を入れたコップの縁に据え着けて、最初に頭をチョコンと少しだけ押してやると、 以後、鹿威しのように周期的に首を振って、水を飲むかのような動作を繰り返すのである。 しかし鹿威しとは異なり、外部から力が加わっているわけではないのに、 まるで生きているかのように延々と動き続ける、不思議な玩具なのである。 しかも特別に高級なものではなく、京都でいえば京極あたりの玩具屋で、安価に入手できた。
これは熱力学が身近な玩具でわかりやすく利用されている有名な例であり、 工学部出身者なら、よく原理を知っていることだろう。 一度わかってしまえば単純な原理なのであるが、 初めてみた時には、なかなか理解できない。実に味わい深いものである。
さて、教授は、この水を飲む不思議な鳥を学生にみせ、 「なぜ、この鳥は動き続けるのか、仕組みがわかる人はいますか」と問うた。 私を含め、誰一人として手を挙げる者はいなかった。 すると教授は続けて 「ひょっとすると、京都大学の学生であれば『動き続けるのはあたりまえだ、止まるほうがおかしい』 ぐらいのことを言う人がいるかもしれない。」 と言った。
教授は、京都大学の学生は優秀だから、こんな玩具の仕組みなど一瞬で見破るだろう、と言ったわけではない。 彼が言うには 「動き始めた物は、外部から力を加えなければ止まらない、というのがニュートンの運動の法則である。 だから、動き始めたこの鳥は、手を触れなければ動き続けるのが当然だ、ぐらいのことを言う学生が 京都大学にはいてもおかしくない。」 とのことであった。
もちろん、教授が言っているのは暴論であり、摩擦を考えれば自然に止まるのがあたりまえである。 彼が言いたかったのは、京都大学の学生ならば、そのくらい自由な発想を持つべきだ、ということであろう。 学生に変人がいるかと思えば、教授も奇人である。
それを思えば、名古屋大学医学部は、実に常識的である。