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2014/01/15 漢方医学

だいぶ間隔があいたが、本日の話題は漢方医学である。

漢方医学とは、江戸時代末期に西洋医学が日本に輸入され、あるいは明治時代に西洋医学こそが正統な医学だと 政府に認定されるまでの間、日本において主流であった医学をいう。 漢方医学は中国から輸入された医学ではあるが、日本において独自に発展した側面もあり、 中国における伝統医学、いわゆる中医学とは、明確に区別される。

現代の日本では、医師は基本的には西洋医学についての教育を受けるのみであり、漢方医学の学識は 極めて乏しいままで医師免許を取得するのが普通である。 しかし、一部の漢方薬は保険適応となっており、臨床現場でもしばしば漢方薬が処方される。 たとえば大建中湯は、手術後の腸閉塞を予防する目的でしばしば投与される。

これに対し、漢方医学や漢方薬に懐疑的な勢力も存在する。 特に、漢方薬は長い歴史の中で経験的に有効性が確認されてきたというが、 結局はプラセボ効果なのではないか、という批判が多い。 これに対して日本東洋医学会などは、二重盲検試験などを実施し、漢方薬の有効性を示す 学術的証拠を蓄積しようとしている。

漢方医学は、漢方薬の適切な投与方法を考える学問であるといえよう。 しかし、漢方医学の最大の弱点は、解剖学的知識がデタラメだという点にある。 漢方医学における解剖学については、いずれ、要約してどこかで紹介したいと考えているが、ここでは割愛する。 詳しい歴史的経緯は曖昧なのだが、おそらくは、歴史的に人体解剖が禁忌とされていた期間が長かったために、 人体構造について正しい見識が得られなかったものと思われる。

漢方医学支持者の中には、漢方医学における解剖学を、実在臓器と機能を一体として考えているために、 西洋医学における解剖学とは異なる、などと無理矢理説明する者がいるが、これは誤りである。 たとえば杉田玄白はもともと漢方医であったが、『蘭学事始』の中で、当時の彼らの解剖学的理解は 実は誤りであったことを明確に認めており、それ故に彼は西洋医学に転向したようである。 このことから、実在臓器と機能を一体と考え云々という理屈は、江戸時代以前には存在しなかったものと推定される。

漢方医学支持派は、漢方医学が誤った解剖学的理解の上に成立したという不都合な事実と、 きちんと向かいあっていないように思われる。 そのため、漢方医学入門書では、おそらくは意図的に、解剖学の説明が省かれていることが多い。 それにもかかわらず熱心な漢方医学支持者が少なくないのは、漢方医学がなんとなく神秘的な雰囲気を有していることと、 一部営利企業が盛んに漢方薬の有効性を宣伝しているが故であろう。 なお、こうした営利企業が販売している漢方薬は、漢方医学的観点からは不適切な方法で使用されることが多いため、 「ツムラ漢方」などと揶揄されることがある。

科学的に中立で患者のためを思う立場からは、漢方医学の理論は誤りであると、認めざるを得ない。 漢方薬の有効性についても、わからない、と言わざるを得ない。 ただし、理論的正当性や有効性は不明であっても、少なくともプラセボ効果を効率的に治療に用いるための方便として、 漢方医学は有用であるように思う。 しかし、これは漢方薬が全てプラセボであるという意味ではない。 長い経験は確かに有用であり、漢方薬の中には実際の効力を有するものが少なからず含まれていると推定される。 そうした漢方薬を選別し、適切に使用するためには、先人がいかなる思考により漢方薬を処方したのか、 彼らの理論が誤りであったと認めた上で勉強することも重要であると思われる。

なお、漢方薬の保険収載にあたっては、歴史的に長い経験から有効性が確認されている、との理屈により、 有効性の確認試験が免除された。 西洋薬については、二重盲検による有効性が確認されなれば保険適応とはならないにも関わらず、である。 純粋に科学的な立場からすれば、歴史的にプラセボ効果と真の薬効とが混同されてきた可能性がある以上、 西洋薬と同等の二重盲検試験を課すのが当然ではないか。 それをねじまげることができたのは、単に、当時は漢方薬支持派の政治力が強かったからに過ぎないのではないか。

最後に確認するが、個人の経験だけで漢方薬の有効性を主張する者は、まじないで病を癒す呪術師と大差ない。


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