これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/02/06 検査方法

今日の話題は、医学部学生向けの書籍の紹介である。 金原出版といえば、医学部学生には、各種ガイドラインなどを出版している会社として知られているのだろうか。 その金原出版から出ている『臨床検査法提要』という書籍が、おすすめである。

これは血液検査や尿検査など、現在の医療現場で行われる様々な検査について、その方法を細かく解説した辞書のようなものである。 主な購入者は臨床検査技師かもしれないが、帯の部分には「医師、臨床検査技師、薬剤師、看護師のために」と書かれているから、 我々もキチンと読者として想定されているらしい。

実際に医師になると違うのかもしれないが、学生の段階では、我々は検査の方法については、ほとんど注意を払っていない。 「どういう患者に対してどういう検査を行うか」ということまでは考えても、 「具体的にどのように検査を遂行するか」までは考えないのである。 臨床現場でも、医師が直接行うのは採血までで、具体的な血液検査の操作は技師任せ、という例が多いのかもしれない。 役割分担という意味では、それで良いのかもしれないが、それでも、実際にどのようにして検査が行われるのかは、知っておくべきだろう。 というのも、具体的な検査方法を知らなければ、その検査の長所や弱点が、わからないからである。

具体例を挙げよう。やや専門的な話になるので、医学や生物学を専門としない人にはわかりにくいだろうが、ご容赦願いたい。 先ほど、ふと、第 V 因子ライデン変異の有無はどのように検査するのだろうか、と気になったので、この臨床検査法提要で調べてみた。 第 V 因子ライデン変異とは、血液凝固因子のうち第 V 因子の Arg506Gln 変異のことである。 (もちろん、どこに変異があるかなどという細かなことまでは私も記憶していないから、調べながら書いている。) 正常な第 V 因子はプロテイン C によって不活化されることで負のフィードバック制御を受ける。 しかしライデン変異のある第 V 因子はプロテイン C による不活化をあまり受けないために、凝固亢進状態となる。 この変異は日本人には少ないが、欧米人の数 % にみられるらしい。

ライデン変異の有無を完全に調べるためには、ゲノム上の当該部位をシーケンシングする必要があるが、 これは時間も費用もかかるため、日常的な臨床現場ではあまり現実的ではない。 そこで提要をみると、活性化プロテイン C 存在下と不存在下での APTT の比を調べることで ライデン変異のスクリーニングとするらしい。 APTT とは何かを説明し始めると長くなるので割愛するが、要するに、血液凝固に要する時間の指標である。

正常な血液であれば、活性化プロテイン C があれば第 V 因子が不活化されるので、血液凝固には長い時間を要するようになる。 しかしライデン変異があれば、活性化プロテイン C の有無は、APTT にあまり影響を与えないはずである。 そこで、これらの時間の比を測定して、この比が小さければライデン変異が疑われる、と考えるのである。

たいていの場合、この検査方法は簡便な割に高い精度の推定が得られるであろう。 しかし、たとえば APTT が極端に延長あるいは短縮している場合などは、たぶん、ライデン変異の有無の推定精度も落ちるであろう。 このように測定手法から類推した考察は、稀に、臨床現場においても役に立つと思う。


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