これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
12 月 19 日に、病理診断について、形態学的診断には若干の脆弱性があるのではないかと書いた。 先日『ハリソン内科学 第 4 版』を読んでいたところ、p637, 88 章 「頭頸部癌」に、気になる記述があった。
切除断端が組織病理学的に陰性の(いわゆる完全切除を行った)腫瘍標本において, p53 の変異を有する細胞が切除断端に遺残していることがある。 すなわち, 腫瘍に特異的な p53 変異が, 表現型としては外科的に「正常」な断端からも検出されることがあり, これは腫瘍の遺残を示唆する。 顕微鏡では検出できないこうした断端病変を有する患者は, 真の断端陰性の患者よりも予後が悪い可能性がある。
このことは、何を意味するか。 腫瘍細胞が増殖する過程で、異型性を失うことは稀であると考えられている。 従って、こうした形態学的に正常だがゲノム的に異常な細胞は、腫瘍の本体から派生したとは考えにくい。
二つの可能性が考えられるだろう。一つは、腫瘍が炎症を惹起することで、周囲の非腫瘍性細胞に変異を誘発している可能性が考えられる。 もう一つは、形態学的異常を生じる前に p53 等に変異が生じ、増殖傾向を来した細胞群のうち、 一部がさらに変異を蓄積して形態学的に明らかな腫瘍となる一方で、残りの部分は形態学的変化を伴わずに留まっている可能性が考えられる。 後者の仮説においては、こうした形態学的に正常な細胞は、腫瘍性の増殖を示すことも示さないこともあり得るし、 さらにいえば、浸潤性や転移能を有する可能性も否定はできない。 そうしてみると、私が昨年末に空想した通り、形態学的に正常な腫瘍は存在し得ると考えた方が良さそうである。
腫瘍に対する形態学的診断には、こうした限界があることを頭の片隅に置いておくべきだろう。 ひょっとすると、生検した組織を培養する検査などが、将来的には有効かもしれぬ。