これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/02/16 STAP 細胞

先月末に発表されて、巷で話題となっている STAP 細胞の件である。 嫉妬や羨望もあるのだろうが、論文に捏造疑惑もかけられているようであり、小保方博士も大変である。

私も Nature に掲載された STAP 細胞の論文を入手はしたものの、 あまり興味が湧かなかったこともあり、未だ読んでいない。 そろそろ目を通してみようと思っているのだが、読むにあたり、特に注意しておきたい点を予め書いておく。 読み終わったら、あらためて、論文のレビューを書こうと思う。

まず第一に、報道によればリンパ球から STAP 細胞を作ったとのことであるが、 その元の細胞が普通のリンパ球であることを確認したかどうか、という点である。 すなわち、細胞に刺激を加えることで幹細胞になったのではなく、 もとから存在する幹細胞が刺激により活性化しただけではないか、との疑念に、きちんと答えているのだろうか。 CD4 や CD20 などといった膜蛋白質の存在は、それが分化したリンパ球であることを保証しないし、 形態学的にふつうのリンパ球と類似していることも、分化の程度を保証はしない。 つきつめて考えれば、そもそも、ある細胞が「多能性幹細胞ではない」ことを証明するのは 非常に困難であると思われるのだが、その点は、どのようにして解決したのだろうか。

もし、元の細胞が多能性幹細胞でないことを確認していないのであれば、小保方博士は 「多能性幹細胞の新しい作り方」ではなく「生物に天然に存在する、これまで知られていなかった多能性幹細胞」を発見した可能性がある。 仮にそうであったとしても、重大な発見ではあるのだが、生物学的あるいは医学的見地からは、両者の意義は大きく異なる。 すなわち、前者であれば、iPS 細胞と同様に拒絶の心配をせずに自己細胞移植を行うことができるし、 あるいは患者の細胞から、疾患特異的なゲノム変異を持つ多能性幹細胞を作ることもできるが、後者ではそれらは困難だからである。

第二に、できあがった STAP 細胞は、どの程度の多分化能を持つのか、という点である。 幼若な細胞であれば、ある程度の多分化能を有するのは当然であるが、小保方博士は、どのようにして、 STAP 細胞が多能性を有することを確認したのであろうか。

新聞報道では、脊髄を損傷したマウスに STAP 細胞を移植することで、脊髄の機能が回復した、などという記事があったように思う。 こうした実験は、ES 細胞や iPS 細胞でも行われてきたが、はたして、これは細胞の多能性を確認する試験として適切なのかどうか、疑問がある。 というのも、多分化能を有する細胞を移植したからといって、その組織で必要とされる細胞に都合よく分化するという保証はなく、 実際、移植された幹細胞はなかなか生着しないという話があったように思う。 また、仮に移植により機能が回復したとしても、それは移植された細胞が適切に分化したからではなく、 サイトカインその他の、組織再生を促す環境因子が供給された結果である、という話も、どこぞで聴いた覚えがある。 名古屋大学でも、一部の教室では、幹細胞に頼らない再生医療の研究を行っている。

というよりも、常識的に考えて、移植するだけで神経に分化するわけがないでしょう。 もし、移植だけで適切に分化するのであれば、「損傷部位には適切な分化誘導するための環境が整えられている」ということになる。 たとえば表皮などのように、生理的に細胞の分化増殖により修復される部位であれば、そのようなことは充分に起こり得る。 しかし神経のように、生理的には増殖も分化もしない組織において、自然に、そうした分化誘導の環境が整えられているとは考えにくい。 逆に、もし本当にそうした環境が自然に提供されているのであれば、それは神経も生理的に増殖、回復し得るということを示唆しているのであり、 外部からわざわざ幹細胞を供給せずとも、機能回復する手段があると思われる。

考えてみれば、表皮の角質層のように終末分化してしまった細胞を別にすれば、心筋だろうと神経だろうと、 完全なゲノムを有している以上、適切な環境さえ整えれば細胞分裂をするはずである。 従って、脊髄損傷だろうが心筋梗塞だろうが、再生医療を行うにあたり、幹細胞が必要不可欠であるとは考えにくい。 むしろ、幹細胞を適切な細胞に分化誘導する困難を考えれば、幹細胞を利用しない再生医療の方が現実的であるように思われる。

なお、以前にも書いた通り、私は信仰上の理由から、iPS 細胞や STAP 細胞などの多能性幹細胞研究に反対である。 従って、こうした多能性幹細胞を巡る問題については、おそらく私の意見は偏っているので、注意していただきたい。

蛇足ではあるが、私は普段、研究者に対して「博士」という敬称はつけずに「さん」などと呼んでいるが、ここでは敢えて小保方博士と書いた。 これは、「小保方さん」について低俗な報道を繰り返す頭の悪いマスコミに対するあてつけ程度の意味である。


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