これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
Massachusetts General Hospital は、米国 Harvard Medical School の teaching hospital である。 おおざっぱに言えばハーバード大学の附属病院である。 念のために確認しておくが、米国の大学には医学部はなく、medical school がある。 medical school は graduate school, すなわち大学院であり、日本でいう専門職大学院に相当する。 専門職大学院は、法科大学院などの、高度に専門的な職業に就くための教育機関である。 ハーバード大学は「ハーバード大学テキスト」として優れた教科書を出版しているのだが、 薬理学や血液疾患については日本語訳もあり、明快で詳しく、知識偏重ではなく医学的思考を重視した名著である。 私は、これらの教科書を読み、ハーバード大学のファンになった。
さて、New England Journal of Medicine 誌には、Case Records of the Massachusetts General Hospital として、 年に 40 報ほど、症例検討会の報告が掲載されている。 日本でも、全国各地の大学でこの Case Records の勉強会が行われており、名古屋大学医学部医学科も例外ではない。
当初、私は、かの Massachusetts General Hospital からの報告であるから、さぞすばらしいものなのだろうと期待していたのだが、 実際に読んでみると、いくつか残念な点があった。 その中で最も気になったのは、言葉の使い方が不正確なことである。
血液検査の結果を示す表に ``Carbon dioxide (mmol/litter)'' という項目がある。 Carbon dioxide とは、日本語でいえば二酸化炭素である。 しかし、その Carbon dioxide の基準値が 23.0-31.9 mmol/litter とされていることや 医学の世界では二酸化炭素濃度は分圧で表現するのが普通であることなどから考えると、 これは炭酸水素イオンを言っているものと思われる。 すなわち、炭酸水素イオンと二酸化炭素を区別していないのである。
また、血液検査所見として ``test of liver function'' という表現がみられた。 たぶん、これはアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼやアラニンアミノトランスフェラーゼの血中濃度を言っていると思われる。 というのも、これらの酵素は肝臓に多く含まれており、肝炎などの際に逸脱酵素として血中濃度が上昇することから、 肝機能の指標とされることがあるからである。 しかし、これらの酵素は肝臓特異的ではないし、肝機能障害が必ずしも逸脱酵素の放出を伴うわけでもないから、 これらの酵素の血中濃度を「肝機能の値」などと表現するのは誤りである。 ましてや ``tests of renal and liver function were elevated'' という表現は意味不明である。 機能が向上したのか、それとも逸脱酵素の血中濃度が上昇したのか。 たぶん後者であろうが、あまりに言葉に無頓着である。
言葉の使い方が多少いいかげんであっても空気を読んで理解してくれるだろう、という甘えがあるのではないか。 名門ハーバードといえども、そうした意識の低さや、学問に対する真摯な姿勢の欠如と、無縁ではいられないらしい。 まことに遺憾である。