これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
PBL は、あくまで机上の症例であり、実際の患者ではないから、比較的、気楽なものである。 それでも診断を下すということに、いかなる勇気が必要であるか、その片鱗を味わうことはできる。 専門的な話になって恐縮だが、次のような例を考える。
乳癌の家族歴と肥満がある 47 歳の女性が、乳房のしこりを主訴に来院した。 マンモグラフィーの所見は「カテゴリー 5 (悪性 highly suggestive of malignancy)」であった。 診断を確定するために超音波ガイド下で穿刺吸引細胞診を行ったところ、所見は「悪性 (malignant)」であった。 (簡略化のため、マンモグラフィーも細胞診も、詳細な所見は割愛した。) さて、この女性が有する腫瘤は悪性腫瘍であると断定できるか。
たぶん、この条件であればほとんど誰でも、悪性腫瘍だと判断するのではないか。 私も、そう判断する。 では、次の場合はどうか。
乳癌の家族歴と肥満がある 47 歳の女性が、乳房のしこりを主訴に来院した。 マンモグラフィーの所見は「カテゴリー 3 (良性, しかし悪性を否定できず benign, but malignancy can't be ruled out)」であった。 通常はカテゴリー 3 以上を「要精査」とするため、超音波ガイド下に穿刺吸引細胞診を行ったところ、所見は「悪性 (malignant)」であった。 さて、この女性が有する腫瘤は悪性腫瘍であると断定できるか。
これも、多くの人は悪性腫瘍だと判断するのではないか。 マンモグラフィーの所見が「要精査」であり、実際に精査したら悪性との所見だったのだから、 それを受けて悪性だと結論するのは合理的である。 では、次はどうか。
乳癌の家族歴と肥満がある 47 歳の女性が、乳房のしこりを主訴に来院した。 マンモグラフィーの所見は「カテゴリー 2 (良性 benign)」であった。 通常であれば精査は不要と判断するが、患者本人の強い希望があり、 超音波ガイド下に穿刺吸引細胞診を行ったところ、所見は「悪性 (malignant)」であった。 さて、どのように判断するか。
これは見解が分かれるかもしれないが、おそらく、多いのは 「マンモグラフィーと細胞診で所見が矛盾したのだから、詳しく調べる必要がある。」 というような意見ではないか。 問題は、「では、具体的にはどのような方法で詳しく調べるか。」ということである。
おそらく、「CT や MRI, あるいは針生検を行う」というような意見があるのではないか。 しかし、これは非常にまずいと思う。 なぜならば、細胞診の所見はマンモグラフィーや超音波検査などの臨床所見を併せて総合的に記すものだからである。 すなわち、細胞診を担当した病理医は、マンモグラフィーに異常所見がなかったことを考慮しても、 なお悪性と断定できるだけの明瞭な根拠があったから「悪性の疑い suspicious for malignancy」ではなく 「悪性 malignancy」との所見を述べたわけである。 もし、その病理医の所見に疑義があるならば、その病理医に問い合わせるべきであり、 所見を無視して生検を行うことは医師間の信頼を失うばかりでなく、患者の利益をも損ねる恐れがある。
従って、この場合は、細胞診の詳細な所見に目を通した上で、 疑義があれば問い合わせを行い、疑義がなければ悪性腫瘍と判断する、が正解であると思う。 診断とは、「悪性と書いてあるから悪性だ」とか「わからないから次の検査をする」とか、 そのような単純なものでは、あるまい。
以上、臨床経験が皆無である一介の学生による考察であるが、いかがであろうか。
日本乳癌学会による『乳癌診療ガイドライン 2 疫学・診断編』の 210 ページによれば、 日本における細胞診の偽陽性率について 0.25 % との報告があるらしい。 すなわち、高い技術を持つ医師が検査した場合、細胞診で悪性と診断された例のうち 99 % 以上は本当に悪性であった、ということである。 しかし、逆に 0.25 % は間違うわけであるから、追加で針生検などによる組織診を行うことにも 一定の合理性があるといえる。