これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2013/07/31 『博士漂流時代』

『博士漂流時代』という本がある。 著者の榎木英介氏は東京大学理学部生物学科卒業後に、博士課程を中退して神戸大学医学部に学士編入したらしい。 どこかの誰かさんと似たような経歴であるが、誰かさんとは、中退の動機が少し違うようである。 たまたま研究室に置かれていたので軽く読んだのだが、ウンウン、ソウダヨネと思う記述も 随所にみられたので、特に良いと思った箇所を紹介する。

数学や理科が得意な高校生が選択するのは医学部だ。成績上位層は医学部に殺到している。 現在国公立大学の医学部は、東京大学の理科 1 類や 2 類と同じくらいか、 あるいは高い難易度だ。

確かに、医学には大量の知識が必要だし、新しい治療法を開発するのに才能ある人材を投入することは必要だ。

しかし、数学や物理の才能を活用できる場面は限られている。 医学にはコミュニケーション能力など、いわば人間力とでもいえる能力が必要な場面が多い。 理工系に進んだなら才能が発揮できる人が、医学部に入り医師になるのは、宝の持ち腐れではないか。

理工系の仕事だって、人の命を救う職業であるのは変わりない。 何より未知なるものを発見し、新しい物を作り出すことは、この上ない喜びだ。 そういう意味でも科学・技術は魅力的なのだ。

しかし、いくら魅力的だと言っても、将来の見通しは立たず、年収も低いようでは、二の足を踏んでしまう。 それが如実に表れているのが、医学部の難易度の高さなのだ。

ある程度の成績がある高校生は、いくら理工系の学問の内容そのものには魅力があると言っても、 生きていくのさえままならないのだと知ってしまえば、医学部に行ってしまうだろう。

医学部に行けば研究も続けられるし、医師免許があるから食うに困らない。 患者さんのために働くのはやりがいがある。一生かけてもいい……

「理工系の仕事だって、人の命を救う職業であるのは変わりない。」というのは、よく言ってくれた、と思う。

もし理工系 (もちろん人文系も) が人の命を救っていることを知らない医師がいると困るので、一応、解説しておく。 あなた方が普段使っている CT や MRI の装置は、誰が作り、誰が改良しているのか。 そのインスリン製剤は、誰が作っているのか。 新幹線が悲惨な事故を起こさない、つまり新幹線事故で命が失われるのを未然に防げているのは、誰のおかげなのか。 日本の治安を維持し、凶悪犯罪から市民を守っているのは、誰なのか。 医者は、そんなに特別なのか。

命を救うということに関していえば、医者は、失われかけている命を拾っているだけである。 しかし本当は、命が失われる危険を未然に回避する方が偉い。 医師が人の命を救っている場面は目につきやすいが、実際には、最も悪い方法で命を救っているに過ぎない。

2013/09/19 語弊のある表現をコメントアウト

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