これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2013/09/02 半沢直樹

「半沢直樹」なるドラマが人気らしい。私はテレビを持っていないし、テレビをみる習慣もないので 詳しいことはよくわからないのだが、銀行員の半沢直樹が会社や社会の理不尽と戦う物語らしい。 当初は特にそれほど関心もなかったのだが、インターネット上でたまたま 「『半沢直樹』原作者『半沢の真似はしない方がいい』」という AERA の記事を目にして、興味が湧いた。

さっそく、原作第一部の『オレたちバブル入行組』を買って読んだ。確かに面白い。 ストーリーも魅力的だが、文章も、一部にやや俗な表現があって気にはなったが、きれいである。 また銀行業が舞台なので多少の専門用語も出てくるのだが、 それも素人の読者にわかりやすいように平易な表現で説明されている。

だが、AERA に対して原作者が語ったという「半沢の真似はしない方がいい」というのは、納得いたしかねる。 我々の専門である医療に関していえば、日本の医療制度は、銀行組織と同様に、腐っている。 利権団体が業界を牛耳り、豊富な資金にモノをいわせて政治にも介入し、既得権益の防衛に躍起になっている。 臨床現場での非倫理的な逸話は、未だ病院実習にすら行っていない我々の耳にさえ、十分に届いてくる。

現在の医療のあり方に疑問を抱かないほどに蒙昧な医学部学生は、さすがに日本広しといえども一人としていないであろう。 それにもかかわらず、病院での実習に赴き、研修医として勤務を始めれば、社会のしがらみ、病院の理不尽、 先輩医師からの抑圧により、そうした疑問を口に出す余裕は失われるようである。 そこで敢えて反抗し筋を通そうとすれば、病院からは放逐され、医学界における輝かしいキャリアは失われ、 地方勤務の冴えない医師として人生を終えねばならなくなるらしい。 従って、社会の理不尽に逆らうな、という意見については、理解できないことはない。

しかし、そこで皆が口をつぐめば、医療の将来は、どうなるのか。 おかしいものはおかしいと、声を上げていかなければ、社会は悪くなる一方ではないのか。 一人一人の医師がそうやっておとなしくしているから、医療への信頼は失われ、 たとえば「癌治療は百害あって一利なし」などといった、 科学的根拠を無視したデタラメなアンチ医療本が世にはびこるのではないか。

良心を曲げ、患者を欺いて中央に居座るよりは、医の原点を守って地方に飛ばされる方が、人として立派であると思わないか。 自らの人生を顧みることなく社会の変革を目指して戦った、フランス革命や明治維新の英雄達のように、なりたいとは思わないか。 医師としてのキャリアなどというものは、それほどまでに重要なものなのか。 夢や希望を掲げ、誇りを高く持って突き進むことこそが、若者の特権であり、使命ではないか。

蛇足ではあるが、既に齢三十を越えた高齢学生である私が、このようなことを日記に書いている現状からしておかしい。 本来であれば私のような者の役割は、理想に燃えて血気に逸る若い諸君を抑え、現実との妥協点を探ることのはずである。 諸君は、戸籍の上では若いけれども、ひょっとすると、心は私よりも老いているのではないだろうか。

2013/09/04 句読点修正

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