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2013/09/14 子宮筋腫と過多月経 そして卵母細胞の謎

先日の産婦人科学の講義で、過多月経の原因としては子宮筋腫が多い、という話があり、私は首をかしげた。 子宮筋腫とは、その名の通り、子宮の筋層に生じる腫瘍であり、平滑筋細胞の腫瘍である。 一方で月経は子宮内膜の機能層が虚血性に壊死して脱落する現象である。 少し脱線するが、虚血性の壊死なのだから、定義上は、月経は梗塞の一種であるといえよう。

どうして、筋層の腫瘍が、内膜の現象である月経に影響するのか。 筋層の平滑筋が内膜の肥厚や脱落を制御するなどとは考えにくい。 調べてもわからないので、休み時間に質問してみた。 本当は休み時間ではなく講義中に質問して全体で共有した方が良いのだが、 そのタイミングをつかめなかったので、代わりにここに書く。

実はこれは極めて単純な話であり、子宮筋腫により子宮壁が内腔にむかって突出すると、 子宮内膜の表面積や体積が増大する。従って、機能層の量が増え、月経量も増える、というだけのことである。

理屈がわかれば、様々なことが芋蔓式にわかる。 子宮筋腫が生じても月経の量が変わらない症例が多いのはあたりまえだし、 腫瘍が粘膜寄りの位置に生じた方が月経量への影響が大きくなりやすいのも当然である。 逆に、過多月経があったとしても、超音波その他の画像所見で異常がみられない場合に、 「写真でみえない小さな子宮筋腫があり、そのせいで月経量が増えているのかもしれぬ」と考えるのはおかしい、 ということもいえるだろう。

婦人科で思い出したが、卵巣の中にある卵母細胞は、ヒトの場合、減数第一分裂の前期にあるという。 ところが組織像をみると、これらの卵母細胞は明瞭な核小体を有し、また、染色体の凝集像はみられない。 減数第一分裂の最中なら、伊藤隆『組織学』によれば染色体は凝集し、従って核小体も消失しているはずではないか。

私は昨年、そのような疑問を持ち、教授その他の人々に質問し、幾人かの学生に問題提起してみたが、解決しなかった。 いくつかの可能性が考えられたが、私は、教科書に書いてある減数第一分裂の機構が実は間違いなのではないか、と唱えた。

発生学の勉強をしているとき、ムーアの教科書にチラリとヒントが書いてあることを発見し、医学書院の医学大辞典を調べたら、わかった。 精母細胞と卵母細胞では、減数第一分裂が少し違う、というのである。 卵母細胞の場合、前期の最後に脱凝集し、その状態で何十年も待機するらしい。 私の「教科書が間違っている」という説は、概ね、正しかったということである。

しかし、疑問はさらに続く。 染色体が脱凝集すれば、ゲノムは無防備な状態に曝されることになる。 そのような状況で何十年も待機して、大丈夫なのだろうか。変異が多発しないだろうか。

私の想像では、変異は多発する。卵母細胞系列の変異は、ここで生じているものが多いだろう。 だが、歴史的には変異が起きても問題なかったと思われる。 致命的な変異が生じれば流産するだけであるし、致命的でない重篤な変異を持って生まれた子供は、長生きできなかった。 昔は多産多死であったから、不利な変異を生じた個体は淘汰されていったのである。 むしろ、有利な変異を獲得した個体が選択的に生存しやすいのだから、進化が速まって良かったのではないか。

しかし医術の発展により、多少の不利な変異を抱えていても、社会生活に重大な支障を来さない例が増えてきた。 これは個人の幸福という観点からは好ましいことであるが、別の問題も生じることになり、難しい。 ただし、社会構造の問題から晩婚化、少子化が進んでいることに比べれば、この問題は比較的、些末である。


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