これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2013/09/15 性同一性障害

2013/09/19, 2013/10/01, 2014/05/18 の記事も参照されたし
SRY については2014/05/10の記事も参照されたし

性同一性障害は、近年になって認知されるようになってきた疾患である。 しかし、この疾患は世間で正しく認識されているとはいいがたく、 医学部学生であっても、性同一性障害と同性愛を混同している人がいるほどである。

詳しい本にはいろいろ書いてあるが、現時点では一般的な教科書にはあまり記載されていないように思うので、 私の認識しているところを記してみる。 誤り等があれば、ぜひご指摘されたい。

簡潔にいえば、性同一性障害とは、身体の性と心の性が一致しない病態をいう。 身体の性とは、若干の曖昧さはあるものの、性腺や外性器などの形態をいう。 一方、心の性とは、当人が認識する自己の性をいう。 これに対し、同性愛は単なる性的嗜好であるし、異性装も単なる趣味・嗜好である。

懐疑的な勢力の中には、性同一性障害は、同性愛や異性装などに極端にのめりこんでいるだけではないか、 との批判を呈する人がいる。 また、性同一性障害の患者の中にも、そのように考え、自分には奇異な趣味があるのではないかと苦しむ例が少なくないという。 なお、同性愛は私には経験がないのでよくわからないが、異性装は、別段、奇異な趣味ではないと思う。 ちょっと女物の服を着てみたいとかスカートをはいてみたいとか思ったり、 実際にやってみたり、その格好で夜間、少しだけ外出してみたりとか、そういう経験のある男性諸君は、少なくないと思う。 逆に女性についていえば、たとえばジーンズは当初は男物であったのに、 やがて女性も着用するようになり、現在では男女共通の装束である。 これは一種の男装が女性の間で定着したものと解釈することができよう。

閑話休題、医学的観点からいえば、心の性というものは、そういった趣味嗜好の問題ではない。 なぜならば、脳には性差があるからである。 神経解剖学を学んだ諸君ならよく知っているはずであるが、 たとえば脳梁の発達の程度など、脳の形態は男女で異なるのだ。 この解剖学的特徴が、脳の機能面にどのような影響を及ぼしているのかは未だ不明であるが、 形態と機能は密接に関係しているのが普通であるから、脳の機能にも男女差があると考えるのが自然である。 ただし、人間の行動様式や思考の傾向は、生後の教育や環境により多大な影響を受けるために、 いわゆる「男らしさ」や「女らしさ」が、どの程度まで脳の先天的な差異によって規定されているのかは、よくわからない。

身体の性は SRY 遺伝子によって規定される。 SRY は通常 Y 染色体にコードされており、この遺伝子が機能すれば男性になり、そうでなければ女性になる。 SRY を持たないヒトが身体的に男性になる例はないと思うのだが、よくわからない。詳しい人がいれば、ぜひ教えていただきたい。 ただし SRY は転座により X 染色体や常染色体に乗っている場合がある。 このことは、スポーツの大会などで Barr 小体の有無により性別検査をする際に、 Klinefelter 症候群や Turner 症候群 と共に問題となる。

一方で心の性についてはよくわかっていないが、胎児期におけるアンドロゲンへの曝露量が関係するという説が有力である。 通常は身体の性によってアンドロゲン量が定まり、それに伴って脳が性分化し心の性が適当に決定される、ということであろう。

以上のことから、性同一性障害は次のように理解できる。 身体が男性で心が女性の患者は、ゲノム的には男性であるが脳の性分化の際に異常が生じ、心の性が女性になってしまったのであろう。 逆に身体が女性で心が男性の患者は、ゲノム的には女性であるが、脳の性分化に問題が生じ、心の性が男性になったと考えられる。

治療方法としては、性ホルモン投与などに加えて、性別適合手術が行われることがある。 現行法では、性別適合手術まで行えば戸籍の性別を変更できる。 しかし、こうした治療法はゲノム上の性別と実際の性別の間に乖離を生じるし、不妊となることが問題である。 その意味では、現在では技術が全く確立されていないが、心の性を身体の性に合わせる治療ができれば、生殖能力を温存でき、良いかもしれない。 ただし、仮にそのような治療が可能になったとしても、身体の性を心の性に合わせる方を望む患者も少なくないであろう。

2013/09/19 追記
2013/10/01 追記

戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional