これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2013/09/17 医学部のための統計学 (1)

残念ながら昨今の医学科のカリキュラムでは、統計学は非常に軽視されている。 国家試験でもあまり難しいことは問われないらしく、 結局、統計学がよくわからなくても、医師になる上で障害とはならない。 しかし 8 月 30 日にも書いたが、統計学や誤差の取り扱いは、臨床医学において本当は極めて重要なはずである。 その一方で、統計学の教科書は何やら数式が多く、言っていることがわかりにくく、 読んでいると眠たくなってしまうものである。 そこで何回かに分けて、統計学の基本的な考え方を、医学的な例を挙げながら説明してみようと思う。 もし、それなりの内容ができたなら、別にコーナーを設けてまとめて掲載するつもりである。

名古屋大学医学部医学科四年生の A 君は、大腸癌のマーカーとして、蛋白質 B が有力なのではないかと考えた。 すなわち、健常者の血液中には B はほとんど検出されないのに対し、 大腸癌患者の血液中には B がたくさん含まれるのではないか、との仮説を立てたのである。 そこで A 君は消化器外科の C 博士に相談して研究を行い、次のような測定結果を得た。

健康な医学部医学科生 3 人の血液中の B の濃度を測定したところ、 0.05 mg/dL, 0.02 mg/dL, 0.06 mg/dL であった。 大腸癌の患者 3 人から得た血液について、本人の同意を得た上で B の濃度を測定したところ、 0.07 mg/dL, 0.10 mg/dL, 0.29 mg/dL であった。

さて、A 君は測定結果を得たものの、これをどう解釈すれば良いか悩み、 多少は統計学の心得があるという同級生の K 君に相談した。

ここでは、いろいろな考え方があるだろうが、まずは代表的と思われる五つの考え方を検討する。

  1. 健常者の中で最も高濃度であった例では 0.06 mg /dL であり、 患者の中で最も低濃度であった例では 0.07 mg /dL であるから、 患者は常に健常者よりも高い濃度の B を持っていたといえる。
  2. 健常者では平均 0.04 mg/dL, 患者では平均 0.15 mg/dL であったから、 患者の血液は健常者の血液よりも高い濃度の B を有するといえる。
  3. 健常者の血中 B 濃度は 0.043 mg/dL ± 0.021 mg/dL であり 患者の血中 B 濃度は 0.153 mg/dL ± 0.119 mg/dL であるから、 有意水準 5% で t 検定をすると有意差なしとなる。 すなわち B は大腸癌患者の血中で濃度が高いとはいえない。
  4. 健常者の血中 B 濃度は 0.043 mg/dL ± 0.021 mg/dL であるが、 患者の一人において 0.29 mg/dL という非常に高い値が測定された。 このことから、大腸癌患者の一部では、血中の B が非常に多くなるといえる。
  5. Mann-Whitney 検定をすると p = 0.05 であるから、 大腸癌患者では、割と血中 B 濃度が高くなりそうである。

どの考え方が、実験結果に対する検定の方法として、最も正しいものであろうか。

検定とは、仮説を論理的に厳密な形で定めた上で、その仮説と実験結果が矛盾しないかどうかを調べる行為である。 従って、まずは仮説を明確にしなければ、検定のしようがない。 では、A 君の研究において、検定されるべき仮説とは何か。

おわかりか。A 君が述べている仮説は、よくよく考えると意味が曖昧で、漠然としている。 これでは論理的に正しい検定など、行いようがないのである。 このように考えると、さきほど示した五つの考え方はいずれも、ある意味において「正しい検定」だといえる。 順番にみていこう。

(1) まず「大腸癌患者の血中 B 濃度は、健常者の血中 B 濃度よりも『必ず』高い」という仮説を立てたとする。 実際に測定を行い、この仮説と矛盾する現象が確認されなければ、とりあえず仮説は守られていると考える。 この場合、上述の 1. の考え方を用いることは合理的であろう。

続きは後日
2013/10/01 修正

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