これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、
1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。
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2013/09/24 医学部のための統計学 (3)
- A 君 「で、正規分布を仮定したら、何がわかるんだい。」
- O 君 「T 検定をすれば良い。」
- K 君 「厳密な議論をすれば、最尤推定法などが関係して、かなりややこしくなるがね。」
この場合の T 検定とは、大腸癌患者と健常者で、いずれも血中 B 濃度は正規分布に従うという仮定の下で
「大腸癌患者における血中 B 濃度は健常者の血中 B 濃度と異なる平均値の正規分布に従う」という命題の
真偽を調べることである。
- O 君 「大腸癌患者と健常者の両者で血中 B 濃度がそれぞれ正規分布に従うならば、
その差も正規分布に従うことが知られている。」
- K 君 「正規分布の再生性というやつだな。」
大腸癌患者の血中 B 濃度の平均が m1,
健常者の血中 B 濃度が平均 m2 であるとき、
もし両群が同じ分布に従っているのであれば、m1 - m2 = 0 となるはずである。
- A 君 「しかし、大腸癌の正規分布も健常者の正規分布も、
臨床的な測定データから推定しているのだから、差が厳密に 0 になるということは
現実的には、あり得ないのではないか。」
- O 君 「うん。だから、 実際上は『平均が十分大きい、あるいは十分小さいならば、
両群は異なる正規分布に従っているといえる』ということになるね。」
- A 君 「ややこしい表現だね。」
- K 君 「要するに、両群の平均の差が 0 に近い場合には、
差があるんだか無いんだか、よくわからない、ということだな。」
- A 君 「では、両群が同じ正規分布に従っている、ということを確認するには、どうすれば良いんだい。」
- O 君 「残念ながら、それを確認することは不可能なのだよ。」
ここが、検定の理論の一つの山場である。
検定の結果として「両群が異なる分布に従っている」という結論が得られることはあっても、
「両群が同じ分布に従っている」という結論が得られることは、決して無いのだ。
すなわち「完全に厳密に一致しているもの」と「ほんの少し、ごく僅かだけずれているもの」とを、
実験的に鑑別することは不可能なのである。
ただし「差があるとしても、それは最大いくらぐらいであるか」を推定することはできる。
この話は、また後日になるだろう。
- A 君 「なるほど。では、どのくらい大きければ『十分大きい』といえるんだい。」
- K 君 「それは非常に主観的な問題だね。君が好きに決めると良い。」
- A 君 「おいおい、無茶を言うなよ。」
- O 君 「生物学の世界では p < 0.05 が成立するかどうかで決めることが多いけど、
特に何か理論的根拠があるわけではないし、単なる慣習の問題だね。」
- A 君 「p 値というものをしばしば耳にするけど、あれは一体、何のことなんだい。」
p 値については、何となく知っている人は多いと思われるが、
厳密に理解している人は少ないように思われる。
このあたりの議論から、いよいよ確率論の深淵なる奈落の底が垣間みえるのである。
2014/04/02 語句修正
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