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2014/10/09 高カリウム血症とグルコン酸カルシウム

ある友人によれば、高カリウム血症の急性症状に対し、対症療法としてグルコン酸カルシウムを投与することがあるらしい。 その機序がよくわからぬ、という問題提示を受けたのだが、私には、よくわからなかった。 そこでグーグル先生に尋ねてみると、いい加減であったり、意味不明であったりする説明が非常に多い。 しかし『ハリソン内科学』などを少し調べてみると、実は単純な機序であることがわかった。

高カリウム血症で恐ろしいのは、心停止である。 これは、高カリウム血症により心筋の静止膜電位が高くなり、電位依存性ナトリウムチャネルが不活化し、あるいは興奮性が高まり、 リエントリー性の致死的不整脈が生じるためである。 不活化と易興奮性は対極に位置するように思われるが、異なる機序が働くため、どちらも起こり得る。詳細は、既に別の記事で述べたように思う。

一方、高カルシウム血症においては、心筋内にカルシウムが貯留することでカルシウム依存性カリウムチャネルが活性化する。 このため、膜電位は低下するし、興奮の閾値は高くなる。 すなわち、高カリウム血症と高カルシウム血症は、心筋の興奮性に関しては拮抗的に作用するのである。 なお、『ハリソン内科学 第 4 版』では「静止電位を変化させずに活動電位の閾値をあげることで興奮性を下げる」とあるが、理論上、静止電位も変化する。 「ハリソン」が言っているのは、「カリウムの透過性はもともと高いため、臨床的に問題となる程度には静止電位の変化は著明ではない」という意味であろう。 また、ナトリウム-カルシウム交換輸送体の作用も関係するかもしれないが、膜電位について考える限りは、その寄与は小さいであろう。

試験対策的な知識として、高カリウム血症は心電図上で QT 延長を来す一方、高カルシウム血症は心電図上で QT 短縮を来すから、 両者は打ち消し合うのだ、と考える者がいるかもしれない。 しかし、両者は異なる種類の QT 変化なのであるから、心電図学的に考えて、この発想は誤りである。

さて、以上の機序から容易に推定されるように、ジゴキシンの投与を受けている患者へのグルコン酸カルシウムの投与はジゴキシン中毒を誘発する恐れがある。 というのも、ジゴキシンは Na/K-ATPase の阻害により心筋内へのカルシウム貯留を促す薬物だからである。 高カルシウム血症は、心筋内への高度のカルシウム貯留を促すことになり、すなわちジゴキシンの作用を増強する結果となる。 従って、思考停止してグルコン酸カルシウムを投与したがためにジゴキシン中毒による致死性不整脈を誘発した、となれば大問題であるから、注意されたい。


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