これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/10/06 低カルシウム血症と QT 延長

教科書的には、低カルシウム血症は心電図上で QT 延長を来すことになっている。 『心電図の ABC』改訂 2 版によれば、これは ST 部分の延長であり、T 波に異常はみられないという。 たぶん「QT 延長症候群」といえば、致死的不整脈のリスクを増大させる恐るべき異常所見である、と考えている学生が多いのではないか。 先に本日の結論を述べておくと、「QT 延長症候群」という呼称は極めて不適切であり、正しくは 「再分極障害」と「自発的脱分極の亢進」とに分類して考えるべきである。

いわゆる QT 延長症候群の多くは、カリウムチャネルの阻害によって心筋の再分極が障害されることが原因である。 この場合、再分極に時間を要するために、心電図上では T 波が幅広くなる。 100 年前の巨人 Einthoven が興した伝統的な心電図判読法では、これは「QT 間隔の延長」と解釈される。

ここで重要なのは「QT 間隔が延長したから致死的不整脈が生じる」わけではない、ということである。 カリウムチャネルが阻害されたために、静止膜電位がやや高く、すなわち脱分極傾向になり、結果として一部のナトリウムチャネルが不活化し、 リエントリー性の不整脈を生じやすくなるのである。 すなわち、カリウムチャネルの阻害を原因として「QT 間隔の延長」と「致死的不整脈」という二つの結果が生じているのであって、 QT 間隔の延長と致死的不整脈の間に因果関係は存在しない。

では、なぜ低カルシウム血症において QT 延長が生じるのか。 一説には、低カルシウム血症により心筋の膜電位における第 3 相、すなわちプラトー相が延長するために ST 間隔が延長する、という意見がある。 これは部分的には正しく、再分極は部分的にはカルシウム依存性カリウムチャネルによって駆動されるために、 低カルシウム血症においてカルシウムの流入量が減少すれば、再分極は遅れるから、ST 部分が延長し、「QT 間隔の延長」と判定される。

もう一つの考えられる機序は、Na/Ca 交換輸送体を介するものである。 この交換輸送体は、Ca を細胞外に、Na を細胞内に輸送するものであるから、低カルシウム血症においては作用が亢進する。 すなわちナトリウムイオンの細胞内への流入を促進するのであって、洞房結節における第 4 相、すなわち緩徐な脱分極過程を促進することになる。 これは、心電図上では RR 間隔を短縮することになる。 これも、伝統的な心電図判読法においては「QT 間隔の延長」という所見になる。

重要な点は、いずれの機序も第 4 相における膜電位を変化させることはなく、ナトリウムチャネルの不活化を誘発しないことである。 すなわち、低カルシウム血症が致死的不整脈の原因となることは考えにくい。 以上の議論より、カリウムチャネルの障害による「QT 延長」と低カルシウム血症による「QT 延長」は全く性質が異なり、明確に区別されるべきである。


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