これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/09/24 糖代謝異常症を理解するためのポイント

糖代謝異常症とは、糖代謝の異常に起因する疾患の総称である。 先天性に生じるものの大半は、糖代謝に関係する酵素の機能または発現に障害を有することに起因し、 基本的には、生化学的に考えて自明な症状を呈するが、いささかの例外はある。 後天性に生じるものとしては、糖尿病が有名である。

糖尿病は「1 型糖尿病」「2 型糖尿病」「その他の糖尿病」に分類される。 まず「その他の糖尿病」は、既知の遺伝子異常による糖尿病や、いわゆる二次性糖尿病をいう。 「1 型糖尿病」は、何らかの機序により膵島β細胞が破壊されることによりインスリン分泌が絶対的に欠乏するものをいう。 「絶対的」とは、9 月 18 日に書いた「機能的」に対応する語であり、インスリンの量自体が正常よりも少なくなっていることを意味する。 1 型糖尿病の大半は自己免疫性である、と書いてある教科書が多いが、実際には、これが自己免疫性であることを直接的に証明した人はいない。

1 型糖尿病の診断には、しばしば抗インスリン抗体や抗 GAD 抗体が用いられる。これらの抗体を有する糖尿病患者は、大抵、1 型である、と考えるのである。 GAD とは Glutamic Acid Decarboxylase のことであり、グルタミン酸からカルボキシ基を除いて GABA (γアミノ酪酸) を産生する酵素である。 これは脳を中心として全身にみられる酵素であり、膵島β細胞においてもシナプス様微小胞の周囲にみられる。 GAD には 67 kDa のものと 65 kDa のものがあり、1 型糖尿病患者ではしばしば、65 kDa のものに対する自己抗体が産生されるらしい。 ただし、これらの「自己抗原」はβ細胞の表面には発現していないため、こうした自己抗体そのものはβ細胞の破壊を誘発しない。

このように、疾患の本態とは直接関係しないと考えられる自己抗体が産生されるという点では、1 型糖尿病と膠原病は類似している。 たぶん、これらの疾患には、共通の自己抗体産生機序が存在するのであろう。 この機序を明らかにすることで、膠原病や 1 型糖尿病を根治し、あるいは進行を抑制することが、可能になると期待される。

他に有名な糖代謝異常症としては、糖原病がある。これはグリコーゲン代謝に関係する酵素の先天的異常に起因する疾患の総称である。 朝倉書店『内科学』第 10 版では、糖原病の定義について「グリコーゲン (糖原) 代謝に関与する酵素の遺伝的欠損により, 肝臓や筋などにグリコーゲンが病的に蓄積してその臓器障害を引き起こすとともに, 病型により低血糖を呈する疾患である.」としているが、 これは正しい定義ではない。 いわゆる O 型糖原病はグリコーゲン合成酵素の欠損であるから、グリコーゲンは蓄積しない。 もし、この朝倉の定義に従うならば「O 型」を「糖原病」と記載するべきではない。 「朝倉内科学」は良書であり、医学書の中では定義を明確に記している方であるが、それでも、ときどき、このように詰めの甘い記述がみられる。

糖原病 I 型は、グルコース-6-ホスファターゼ欠損症である。糖新生でグルコース-6-リン酸が生成されても、それを脱リン酸化できないため、空腹時低血糖などを来す。 組織学的には、肝臓や腎臓に多量のグリコーゲンが蓄積するという。肝臓は自明として、なぜ、腎臓にグルコース-6-ホスファターゼが関係するのか。 `Lehninger Principles of Biochemistry sixth edition' によれば、 `This Mg2+-activated enzyme is found on the lumenal side of the endoplasmic reticulum of hepatocytes, renal cells, and epithelial cells of the small intestine' とある。 どうやら、腎臓の尿細管ではヘキソキナーゼとグルコース-6-ホスファターゼが拮抗しているらしく、患者においてはヘキソキナーゼが優勢となり、 グリコーゲンが大量に蓄積するものと思われる。 細胞中のグルコース-6-リン酸の量などに応じてヘキソキナーゼを不活化すれば済む話だと思うのだが、どうやら、そのような機構は存在しないらしい。

朝倉『内科学』の糖代謝異常の節を読んで、理解に苦労したのがフルクトース-1,6-ビスホスファターゼ欠損症である。 これは名称の通り、糖新生で「解糖系を逆行する」ための三つの「迂回路」のうちの一つである。 糖新生が行われないために、グリコーゲンが枯渇した空腹時に低血糖を来す。 根治は不可能であり、対処としては「飢餓状態を避け, フルクトースや砂糖の摂取を控えることが必要」とされる。 糖新生ができなくても、フルクトースからビルビン酸を産生することは可能であるのに、どうしてフルクトースを避ける必要があるのか。

この問題については『ハリソン内科学』第 4 版も、文光堂『小児科学』も触れていないのだが、 `Nelson Textbook of Pediatrics 19th Edition' には解説があった。 `Infusion of these gluconeogenic precursors results in lactic acidosis without a rise in glucose;' というのである。 すなわち、吸収されたフルクトースの大半は一旦肝細胞に取り込まれてリン酸化される。 これが再び血中に出るためには、糖新生の後半部分を経て、グルコースに変換される必要がある。 従って、フクトース-1,6-ビスホスファターゼ欠損症患者がフルクトースを摂取すると、肝細胞にばかり糖が蓄積し、全身には運搬されないのである。 そのため過量のピルビン酸が肝細胞内で生じ、結果として NAD+ が欠乏し、乳酸を生じるものと考えられる。

ひょっとすると、このあたりの事情は、生化学をキチンと学んだ二年生にとっては常識であるかもしれない。 私は生来のナマケモノであり、生化学を詳しく学んでいなかったため、いまさら慌てている次第である。


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