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2014/09/18 糖尿病性ケトアシドーシスと生理食塩水

医学の専門家でない読者や、医学科三年生以下の学生のために、まず糖尿病性ケトアシドーシスとは何かを述べる。 糖尿病とは、何らかの事情により、インスリンが機能的に不足する疾患である。 「機能的に不足」というのは、実際にインスリンの量が不足している場合だけでなく、 インスリンの量は充分であるのに、細胞がインスリンに反応しなくなっている場合も含む、という意味である。 インスリンは、おおまかにいえば「細胞にブドウ糖を利用させる作用を持つホルモン」であるから、 これが機能的に不足すれば、細胞内ではブドウ糖が不足する。 なお、神経細胞は例外的にインスリン非依存的にブドウ糖を利用するため、糖尿病においては神経細胞にブドウ糖が蓄積し、 ソルビトールを経てフルクトースに変換されて過剰に蓄積し、浸透圧が異常に上昇して細胞変性を来すことがある。 このソルビトールへの変換を阻害することで神経細胞を保護するのが、アルドース還元酵素阻害薬である。

さて、糖尿病患者においては、多くの細胞はブドウ糖欠乏状態にあるため、肝臓などではエネルギー源として脂肪酸が動員される。 すなわちβ酸化が行われるわけであるが、この産物であるアセチル CoA が過剰になると、その一部はケトン体に変換される。 ケトン体とは、具体的にはアセト酢酸, ヒドロキシ酪酸, およびアセトンである。 このうち前二者は多くの細胞でエネルギー源として利用されるが、酸性であるため、ケトン体が増加すると血液の pH は低下する。 これが糖尿病性ケトアシドーシスである。

糖尿病性ケトアシドーシスの治療は、科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 2013 によれば、生理食塩水の大量輸液およびインスリンの少量持続静注が基本である。 ここで当然に生じるべき疑問は、なぜ生理食塩水なのか、ということである。 生理食塩水には、血液に比べて多量のナトリウムが含まれているから、多量の生理食塩水輸液は高ナトリウム血症を来す恐れがある。 また、ナトリウム輸液といえば、低ナトリウム血症に対して過度に急速な補正を行った際には橋中心性髄鞘崩壊症が生じ得る、という話が想起される。 しかし等張な生理食塩水であれば、脳浮腫が起こることはあっても橋中心性髄鞘崩壊症は稀であるらしく、実際には高ナトリウム血症だけ警戒すれば良いらしい。

生理食塩水ではなくリンゲル液を使ってはどうか、というのは自然な発想である。 インターネット上の無責任な言論の中には、リンゲル液に緩衝液として含まれる乳酸や酢酸が悪影響を及ぼす可能性を懸念するものがある。 しかし、これは全く的外れであって、重炭酸リンゲル液を使えば済むだけのことである。

前述のガイドラインによれば、糖尿病性ケトアシドーシスにおいては、発症までに通常、体重の 10 % 程度の水と、10 mEq/kg 程度のナトリウムが失われているらしい。 体重 60 kg とすれば、6 L の水と 600 mEq のナトリウムであるが、生理食塩水は 154 mEq/L であるから、6 L の生理食塩水には 924 mEq のナトリウムが含まれる。 すなわち、本当に生理食塩水だけ輸液したならば、ナトリウム過剰となる恐れがある。 そこでガイドラインをよく読むと、血糖が 250-300 mg/dL となった頃には 5-10 % ブドウ糖を含むナトリウム含有維持輸液に切り換えよ、とある。

要するにガイドラインは、電解質を適切にモニタリングしながら、高ナトリウム血症を来さないように注意しつつ、 適切な輸液を行え、といっているのである。 リンゲル液でなく生理食塩水を使うのは、多くの場合に患者はナトリウム欠乏状態にあるから、というだけのことなのだ。

2014/09/20 ソルビトール脱水素酵素でも間違ってはいないと思われるが、普通はアルドース還元酵素という。
2014/09/22 脱字修正

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