これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/10/27 移植片対宿主病 (2)

前回の続きである。 移植片対宿主病 (GVHD) については、あまりよく理解されていないらしく、教科書では詳細な記述がなされていない。 まとまったレビューとしては、Ferrara, J. L., et al., `Graft-versus host disease', Lancet 373, 1550-1561 (2009). が参考になる。 フェラーラ氏の立派なレビューを私の手でさらに要約することは憚られるのだが、 しかし「当該文献を参照されたし」で済ませては本日記の存在意義が疑われるから、本記事では、上述のレビューの一部を概説する。 また、単なる概説では私の知性が疑われるから、若干の考察を折り混ぜることにする。

急性 GVHD は、通常の免疫応答が大規模に惹起されるものである。 すなわち、HLA が完全一致していない場合には、不一致の宿主 HLA に対してドナー由来 T 細胞が反応する。 また HLA が完全一致している場合でも、その他のいわゆる `minor antigen' については大抵、不一致があるから、40 % 程度の例では急性 GVHD を来す。

急性 GVHD では、典型的には皮膚, 消化管, 肝臓が傷害されるが、組織学的には以下のような所見がある。 皮膚では表皮基底層でアポトーシスがみられる。また異角化、すなわち表皮の有棘細胞層内における角化した細胞の出現がみられ、 さらにリンパ球が接着して衛星細胞壊死 (satellite cell necrosis) を呈する。 さらにリンパ球の表皮内細胞浸潤 (exocytosis) がみられたり、血管周囲へのリンパ球浸潤がみられる。 消化管では、斑状の潰瘍性病変を生じ、陰窩にはアポトーシス小体や膿瘍がみられる。 また、表層上皮が失われたり平坦化したりする。 肝臓では血管内皮炎 (endothelialitis) や門脈域へのリンパ球浸潤, および胆管破壊がみられる。 ただし移植後は通常、血小板減少症を来しており、肝生検はリスクが高いため、行われないのがふつうである。

さて、問題は、なぜ急性 GVHD では皮膚, 消化管, 肝臓が選択的に傷害されるのか、ということである。 どうやら、この三者の中でも、前二者と肝臓とでは機序がいささか異なるらしい。 というのも、皮膚や消化管は perforin と granzyme による機序でアポトーシスが誘導されるのに対し、 肝細胞は fas によってアポトーシスするらしいのである。 肝細胞はもともと fas を豊富に発現しているらしく、これが肝臓が選択的に傷害される原因の一つであると考えられる。 なお、perforin/granzyme 系と fas 系の違いについては、初等的な細胞生物学の範疇であるので、ここでは割愛する。 気になる人は『細胞の分子生物学』第 5 版などを参照すると良い。

では、皮膚や消化管が選択的に傷害される機序は、どのようなものであろうか。 急性 GVHD の発症には、背景にある悪性腫瘍により、または医原性に、抗原提示細胞 (Antigen Presenting Cell; APC) が活性化されていることが重要であるらしい。 これがドナー由来 T 細胞の活性化, 増殖, 分化, および遊走を惹起する。 その遊走先は、各種サイトカインの分布によって決定されるものと考えられる。 さて、皮膚や消化管は生理的に外部からの刺激を受けやすい器官であり、軽度の炎症は日常的に起こっているものと考えられる。 たぶん、活性化したドナー由来 T 細胞は、こうした軽度の炎症に「引き寄せられて」集簇し、その炎症を激化させるのであろう。

上述の仮説からすれば、急性 GVHD で尿路系が傷害されないのは、単に、ふつうは尿路系では炎症が起こっておらず、活性化した T 細胞が引き寄せられないからである。 従って、たまたま移植直後に尿路系の逆行性感染を来した患者においては、急性 GVHD として膀胱炎や腎盂腎炎が生じやすいと推定される。

なお、慢性 GVHD については機序がよくわかっていないらしい。 症状は膠原病に類似するとされる。 単純に考えれば、免疫寛容が充分に成立せず、自己抗体が産生されることにより多臓器が傷害されるのであろう。


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