これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/09/04 病理診断と放射線診断

以前にも書いたが、おおまかにいえば、放射線診断は「どういう疾患なのかわからない患者」に対して 「たぶん、この疾患である」と推定することに長けている。 これに対し病理診断、正確には組織学的診断は「どういう疾患か概ね推定できている患者」に対して 「その疾患で間違いない」と保証することに長けている。 その意味では、診断や治療の経過を左右する力は放射線診断の方が強く、病理診断は多くの場合、臨床診断を再確認しているに過ぎない。

素人には、いかなる疾患なのかわからない患者に対し、少しばかり「ムムム…」と考えた後に 「この疾患であろう」と診断を下す放射線科医の姿は、実にカッコ良くみえるであろう。 これは、医療面接と身体診察だけで「この患者は○○病である」と言い当てる総合診療医のカッコ良さと同種のものである。 しかし冷静に、専門的な視点から考えれば、放射線科医や総合診療医は、統計的な情報に大きく依存して、 「いかにもありそうな疾患」を言っているのであるから、稀な疾患や、非定型的な所見を呈する患者を診断することは、比較的、不得手であろう。

たとえば、身体診察と単純 CT の所見から、確信を持って「肝細胞癌」という診断を下した医師がいるとすれば、その者は、神でなければ藪医者である。 医学的には、身体診察と単純 CT では、肝細胞癌と転移性肝癌とは鑑別不可能だからである。 血液検査や造影 CT の所見も併せてみて「肝細胞癌」と診断する医者は、ふつうである。 いわゆる腫瘍マーカーと造影 CT を併せれば、肝細胞癌と転移性肝癌は、かなりの精度で鑑別できるからである。 しかし、この際に「これは明らかに肝細胞癌だ。絶対だ。間違いない。」とまで言い切った者がいるとすれば、その者は、たぶん医者ではなく、 国家試験対策ばかり勉強している蒙昧な学生である。 腫瘍マーカーや造影 CT は、感度・特異度がだいぶ高いとはいえ、非定型的な検査所見を示す患者もいるため、「絶対」とまでは言えないはずだからである。 「間違いない」などと断言するには、病理診断が不可欠である。

臨床的には、患者の病状は常に変化するし、生検は侵襲性が強いものであるから、病理診断をせずに、 すなわち確信までは持たない状況で診断を確定し、治療せねばならぬことも少なくない。 その場合には、臨床医は統計的な情報や自身の経験を頼りに、エイヤッと診断しているわけであり、 いわば、最後の一歩は目をつぶって駆け抜けているわけである。 この駆け抜ける勇気は臨床医にとって重要な資質であるが、時に、誤った方向に走ってしまうことも不可避である。 我々病理医の責務は、こうしてあらぬ方向に走り出した臨床医を制止し、不適切な治療から患者を守ることである。

上述のように、臨床医に対し「もし誤った方向に走り出した時は、私が責任を持って止めてやる」と保証し、 臨床医が安心して診断できる環境を作ることこそが、病理医の職務である。 それを実現するためには、病理医は検鏡室にヒキコモって標本だけをみているわけにはいかず、 臨床現場を知り、臨床医との綿密なコミュニケーションを確保する必要がある。 将来、病理医たらんとする我々は、初期臨床研修においても、そうした視点を常に保つべきであろう。


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