これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/09/02 PET で 0.5 mm の腫瘤を調べる

Positron Emission Tomography (PET) は、β+ 壊変する核種によって標識した薬剤が集積する部位を調べる核医学検査である。 すなわち、薬剤に含まれる放射性同位元素が壊変時に陽電子 (positron) を放出し、この陽電子は短い距離を飛んだ後に電子と対消滅を起こす。 このとき、511 keV の二つのγ線が生成され、これらは概ね 180 度の方向に飛んでいく。 従って、向かい合う二つのγ線検出器が同時に 511 keV のγ線を検出した場合、両者を結ぶ直線上でβ+壊変が起こったと推定される。 γ線は光速で移動するから、この直線上のどこで壊変が起こったかを知ることは、検出器の時間分解能の制約のため不可能である。

PET の空間分解能は 1 mm 程度が限界であるため、1 cm 程度より小さな病変を検出することは極めて困難であるとされる。 この空間分解能の制約は、概ね二つの原因に依る。 一つは、陽電子の飛程が 0.1 mm ないし 0.5 mm 程度あるために、壊変が起こった部位と対消滅が起こる部位がずれることである。 もう一つは、消滅γ線が厳密には 180 度の方向に飛ばないことであり、こちらの方が分解能への影響は大きい。

さて、問題は、既知の腫瘤性病変の性状を知る目的で PET の施行を検討した際に、 病変が 5 mm 程度と小さいことを理由に PET を行わない、という判断が妥当か、という問題である。 通説では、「1 cm 程度より小さな病変は PET では検出できない」ということを根拠に、PET の適応外と考えるらしい。 確かに、悪性腫瘍の転移を検索する目的の PET であるならば、その判断は正しい。 しかし、既知の腫瘤性病変の性状評価が目的であるならば、はたして、空間分解能は問題になるだろうか。

「1 cm 程度より小さな病変は PET では検出できない」というのは、 「実際には高集積していないのに、たまたま統計的なゆらぎによって高信号になった部分」と 「本当に高集積しているから、然るべき結果として高信号になった部分」とを鑑別することが難しい、という意味である。 これは、「実際に高集積していても、高信号にならない」という意味ではない。 なぜならば、病変が 5 mm もあるならば、これは PET の分解能よりは大きいのであるから、はっきりとした高信号にみえるはずなのである。

さらにいえば、病変が特に小さな、たとえば 0.5 mm 程度の腫瘤であったとしても、適切な統計的処理を行えば、それを病変として認識できる可能性はある。 というのも、このような小さな高集積領域は PET 画像上では「1 mm 程度の広がりを持ったやや高集積の領域」としてみえるのであって、 「周囲と同程度にしか集積していない領域」として写るわけではない。 実際、近年では「不確定性原理の壁」を越えた光学顕微鏡が開発されており、統計処理によって、 原理的には分解能をいくらでも小さくできることが、実証されたのである。

以上の考察から、適切な情報処理さえ行えば、0.5 mm 程度の腫瘤性病変の性状を PET によって調べることは、充分に可能であると考えられる。


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