これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
移植片対宿主病 (Graft-Versus-Host Disease; GVHD) とは、造血幹細胞移植、いわゆる骨髄移植を受けた患者において、 移植された細胞から生じる白血球による免疫応答のために、患者の正常な器官が傷害されるものをいう。 初等的な免疫学によれば、ヒトの細胞の大半は HLA (Human Leukocyte Antigen; ヒト白血球抗原) と呼ばれる蛋白質を細胞膜上に発現しており、 移植片のドナーとレシピエントの間で HLA の型が一致していない場合に GVHD が生じると信じられている。 HLA の型は多様性に富んでいるため、一卵性双生児の場合を除いては HLA 型が完全に一致することは稀であり、 造血幹細胞移植の大半は、HLA が完全には一致していない状況で行われる。
さて、本日の話題は、GVHD で傷害されやすい器官は何か、ということである。 GVHD は、ふつう、急性 GVHD と慢性 GVHD に分類される。 急性と慢性は「発症の時期による分類ではない」という点に注意が必要である。 厳密な定義は確立されていないようであるが、GVHD の症状は「急性 GVHD 症状」と「慢性 GVHD 症状」に分類されるらしい。 そして「急性 GVHD」とは「慢性 GVHD 症状を呈さない GVHD」であり、 「慢性 GVHD」とは「慢性 GVHD 症状を呈する GVHD」である、とするのが一般的なようである。 すなわち、急性 GVHD 症状と慢性 GVHD 症状の両方を呈するものは、「重複型の慢性 GVHD」と分類される。 実は急性 GVHD と慢性 GVHD は組織学的に異なるらしく、本当は組織像に基づいて分類する方が本質的であるように思われるのだが、 GVHD の組織像については私はよく理解していないので、本記事では臨床所見に基づく分類にのみ言及する。
「急性 GVHD 症状」としては、発熱や皮疹、黄疸、下痢が代表的である。 すなわち、傷害される器官は皮膚, 肝臓, 消化管である。 これに対し「慢性 GVHD 症状」は膠原病に似た症状であって、傷害される臓器は 皮膚, 口腔, 眼, 消化管, 肝, 肺, 関節・筋膜, 性器が代表的であるらしい。
先日、ある友人との間で「なぜ急性 GVHD では腎臓が傷害されないのか」という疑問が話題になった。 腎臓は血流が豊富で、繊細な毛細血管に富み、いかにもデリケートで GVHD によって傷害されそうな気がしたのである。 しかし、日本血液学会編 『血液専門医テキスト』によれば、腎臓は、典型的には急性 GVHD で傷害されないだけでなく、 慢性 GVHD によって傷害されやすい臓器にすら該当しないらしい。 全身性紅斑性狼瘡 (Systemic Lupus Erythematosus; SLE) などではしばしば腎臓が傷害されるのに、なぜ、腎臓は GVHD に強いのだろうか。
いまのところ、私は、この疑問に対して回答を与えることができていない。 この問題を解決するためには、一度、GVHD の組織学について勉強する必要がある。
なお、上述の『血液専門医テキスト』は専門医試験対策の下品な書物であるかのように誤解しかねない表題であるが、 実際には血液疾患について詳しく理論的に言及している名著である。