これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/08/22 プラセボ効果

昨日の記事でプラセボ効果に言及したが、この「プラセボ効果」については 通常の医学教育ではあまり詳しく扱われないようにも思われるので、ここに概説する。 なお、プラセボ効果については私が三年生の頃、某所における学生の集まりで、漢方薬とプラセボ効果の関連という観点から調べて発表したことがある。 その時の発表スライドの草稿は、私が実名で書いているウェブサイトに置いた。 本記事の一部は、そのスライドからの転載である。

「プラセボ効果」の定義は、人によってやや異なるが、Clinics in Dermatology, 31, 86-91 (2013). は、広義のプラセボ効果についてのレビューである。 ここではプラセボ効果は、1) 「薬を飲んだから治るはずだ」という思い込みの効果 2) 本当の薬を一定期間投与した後に偽薬に切り換えても効果が生じる、というもの 3) 錠剤の色や形状などによって効果が変化する、というもの の 3 通りに分類される。狭義では 1) のうち、患者側の思いこみによる効果に限定して「プラセボ効果」と呼ぶこともある。

プラセボ効果として歴史的に劇的であったのは、1950 年代に行われた、狭心症に対する内胸動脈結紮術である。 The American Journal of Cardiology, 5, 483-486 (1960). および The New England Journal of Medicine, 260, 1115-1118 (1959). に、その内容が記されている。 これは、内胸動脈を結紮することで冠状動脈の血流が増え、狭心症の自覚症状が軽減される、という理屈であったが、 実際には、開胸だけして結紮を行わずに、そのまま閉胸した場合でも同様の効果が得られた。 時に、これを「プラセボ効果により狭心症が治った」と表現されることがあるが、これは誤りである。 上述の論文によれば、結紮を行った場合でも行わない場合でも、心電図上では狭心症の改善は認められず、 自覚症状の改善は単なる心理的な要因による疼痛緩和であり、虚血は改善していない、とのことである。

Psychotherapy and Psychosomatics, 68, 221-225 (1999). や Psychosomatic Medicine, 72, 192-197 (2010). によれば、 乾癬にはプラセボ効果を利用した治療が有効である。 乾癬は、自己免疫的な機序により表皮のターンオーバーが亢進する疾患であるが、 これは催眠療法や偽薬を用いた治療で軽快することがある。 これは上述の狭心症の例とは異なり、実際に寛解している点が特徴である。 また、鎮痛剤に偽薬を混ぜた場合、偽薬でも高い鎮痛効果が得られることも知られている。

このように、詳細な機序は不明であるが、疼痛緩和や、たぶん免疫系の制御については、プラセボ効果は大きな影響を与えるらしい。 そこで、これを治療に応用しようとする考えもあるが、プラセボ効果を最大限に用いるためには患者を騙さねばならず、 インフォームド・コンセントの観点から倫理的な葛藤があり、現状ではあまり頻用されていない。

さて、昨日の IgA 腎症であるが、これも詳細な機序は不明であるが、たぶん乾癬と同様に自己免疫が関係する疾患である。 従って、たぶん、プラセボ効果は IgA 腎症に対しても大いに影響するであろう。 そこで口蓋扁桃摘出術という侵襲の大きな「治療」を行えば、狭心症に対する内胸動脈結紮術と同様に患者に強い思い込みを与え、 免疫系に変化をもたらし、症候の改善をもたらすことは充分に考えられる。 もし、そうであるならば、口蓋扁桃摘出術が IgA 腎症に「奏効」することは事実であるが、 それはプラセボ効果のおかげなのだから、もっと侵襲性の低い治療法で代替できるはずである。


戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional