これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/08/21 IgA 腎症に対する扁桃摘出術

先日、「中国の名門大学」の病理部門を見学した。 ここでも、「北陸の新設大学」と同様に、病理医は組織学的診断だけをやれば良いというものではない、 というメッセージをいただき、放射線医学に傾きかけていた気持ちが、ふたたび病理に戻りつつある。

標本の切り出しを見学した際に、IgA 腎症の治療のために口蓋扁桃を摘出するのは一般的である、という話を聴いて、驚いた。 ひょっとすると昨年、腎臓内科あたりの講義でも聴いたのかもしれないが、全く記憶にない。 ただし、これは主に日本だけで行われており、海外では一般的ではない、との話であったので、名古屋に戻ってから調べてみた。

私が腎臓病の教科書として用いている MEDSi『体液異常と腎臓の病態生理』第 2 版では、口蓋扁桃摘出術については記載がない。 朝倉書店『内科学』第 10 版では「古くから扁桃摘出が行われてきた. 近年, 長期予後でその効果がわが国より報告されたが, 海外から否定論文もあり世界的には普及していない.」とある。 また、MEDSi『ハリソン内科学』第 4 版では「小規模研究で, 特定の IgA 腎症患者群に対する有効性が報告されている。」となっている。 つまり、有効だとする報告はあるが、信憑性はイマイチだ、ということであるらしい。 なお、MEDSi は海外の教科書の翻訳物を多数、出版している。 臨床的な内容を基礎医学から切り離さずに、理論的に説明する名著が MEDSi には多いように思われる。 私の蔵書には他に南山堂と医学書院が多く、南江堂は比較的少ない。

IgA 腎症は、上気道炎などに続発して、IgA 抗体で形成される免疫複合体が腎糸球体に沈着するメサンギウム増殖性腎炎である。 IgA 抗体や免疫複合体が形成される機序は不明であるが、しばしば末期腎不全に至る恐ろしい疾患である。 口蓋扁桃摘出術は、口蓋扁桃における不適切あるいは過剰な免疫応答により IgA 抗体が産生されている、という推論に基づくものである。

私自身は、口蓋扁桃摘出術には違和感をおぼえる。 疾患の本質が口蓋扁桃の異常であるとは思われないし、IgA の異常産生が主として口蓋扁桃で行われているというわけでもなさそうだからである。 臨床的に口蓋扁桃が奏効したという報告については、二重盲検が不可能であることから、プラセボ効果を念頭に、慎重に解釈するべきである。


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