これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/10/24 脾機能亢進症

前回の記事に対する補足である。 ときどき「脾機能亢進症」という言葉を耳にすることがある。 これは「脾臓の機能が病的に亢進している状態」を指すものである。 脾臓は免疫にも関係する臓器であるが、「脾機能亢進症」という場合には「赤血球を破壊し、血小板の産生を抑制する」という意味で「脾機能」という語を用いている。

いい加減なテキストでは「脾機能亢進症」を 「脾臓の機能が亢進する病気のことであり、貧血や血小板減少症を来す」というような説明がなされることがあるらしく、とんでもない話である。 正しく医学を修めてきた学生であれば「脾臓の機能が亢進する病気」と聴くやいなや「そんな不思議な病気があるとは、信じられぬ」と反応すべきである。

「脾機能亢進症」は、疾患名ではない。 たとえば重度の肝硬変では、肝内の血管が閉塞し、いわゆる門脈圧亢進症を来し、脾臓に血液が貯留し、脾内の血圧が高くなる。 この場合、結果的に脾臓における赤血球破壊が進み、血小板産生が抑制され、「二次性脾機能亢進症」と呼ばれる。 他にも脾機能亢進症を来す疾患はたくさんあるが、要するに「脾機能亢進症」とは、ある種の疾患に続発する症候をいうのであって、疾患名ではない。

一部の学生からは「しかし特発性脾機能亢進症、あるいは一次性脾機能亢進症の場合には、脾機能亢進症そのものが疾患であろう」との反論があるかもしれない。 しかし、ここで「特発性」とか「一次性」とか言っているのは「たぶん、何らかの原因があるのだろうが、現代医学では未だ解明されていない」という意味なのであって、 「脾機能亢進症は疾患ではない」という見解を否定するものではない。

疾患なのか症候なのか、それとも症候群なのか、といった区別を明確にすることは、病因と病態、すなわち病理を正しく理解し、適切な臨床的対応をする上で必須である。 たとえば脾機能亢進症による貧血への対応としては、可能であれば根本にある疾患の治療を行うべきである。 しかし、もし脾機能亢進症を症候ではなく疾患であると錯覚してしまうと、脾摘、すなわち脾臓を摘出することが根本的治療であるかのように誤認してしまう。 それでも貧血自体は「治る」のだが、根本にある疾患を放置され、必要もなく脾臓を摘出される患者のことを思えば、心を痛めない医師はいないであろう。


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