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脾腫とは、脾臓が腫大することをいう。 時に、脾腫が原因となって血小板減少症を来すことがあるという。 なぜ、脾腫と血小板数が関係するのであろうか。
「血小板は脾臓で破壊される。脾腫により赤血球や血小板が脾臓に留まる時間が長くなり、赤血球や血小板の破壊が亢進する。」という説明を聴いたことがある。 これは一見、もっともらしく、これで納得してしまう学生も少なくないようである。しかし、この説明は無理がある。 子供だましの説明を鵜呑みにすることのないよう、我々は、常に心掛けなければならない。
もし、脾臓を通過する赤血球や血小板のうち一定割合が無作為に選ばれて破壊されるならば、上述の説明は正しそうである。 しかし、事実は異なるらしい。 赤血球には核がなく、蛋白質を合成する能力に乏しいため、産生されてから120日経つ頃には各種の膜蛋白質も変性し、俗な表現をすれば「細胞膜がボロボロ」になる。 この状態では、脾臓内部の複雑な血管網を通り抜けるために必要な細胞膜の変形を為すことができず、赤血球は脾臓の組織に捉えられ、ついにマクロファージに貪食されてしまう、という。 すなわち、脾臓では古い赤血球が選択的に破壊されているのであって、全ての血球から一定割合を無作為に抽出しているわけではない。 なお、血小板が脾臓で破壊されるのかどうかについては、私は知らない。
だいたい、「脾臓は赤血球を破壊する器官なのだから、脾臓が大きくなれば赤血球はたくさん破壊されるようになる」というのでは論理が稚拙に過ぎる。 ひとくちに脾腫といっても、その原因は多様であり、それぞれ区別して議論する必要がある。 しばしば言われるのは門脈圧亢進症による脾腫であって、これは肝硬変などによって肝臓の血管が閉塞ないし狭窄し、脾静脈を流れる血液の行き場がなくなり、 結果として脾臓に血液が貯留し、また脾臓内部の血圧が高くなるものである。 この場合、脾臓内部で血管が変形し、通常よりも赤血球が通り抜けにくくなり、マクロファージに貪食される頻度が増すものと考えられる。
脾腫で血小板減少を来す機序は実は有名であり、トロンボポエチンの破壊が亢進することで血小板産生が減少するためであって、血小板の破壊が亢進するからではない。 トロンボポエチンは血小板産生を促すホルモンであるが、これは腎尿細管上皮細胞などで産生されるらしく、血小板や、血小板の前駆細胞である巨核球によって破壊される。 すなわち、血小板が少なければ血中のトロンボポエチンは増加し、逆に血小板が多ければ血中トロンボポエチンは減少する。 これによって適切な量の血小板数が確保されるのである。 ここで重要なのは、一定に保たれるのは「体全体にある血小板の総数」であって、「単位体積の血液に含まれる血小板数」ではない、という点である。 脾腫によって血液が脾臓に貯留すれば、体全体にある血小板数は一定であっても、単位体積あたりの血小板数は減少する。 これが脾腫による血小板減少症の正体であると考えられている。