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臨床実習でカルテを閲覧していると、細かな検査所見に気がつくことがある。 ここでいう「細かな」というのは、臨床医がカルテにわざわざ明記しない、という意味である。 「診断や治療にはほとんど役立たない」あるいは「臨床的に重要ではない」という意味に考えても良いだろう。 直接は診療に役立たないのだから、イチイチ所見としてカルテに記載しない臨床医の姿勢は、適切である。 しかし訓練中の身である学生としては、臨床医の真似をすることが常に正しいわけではなく、検査結果に穴があくほどよく眺め、吟味することが重要である。
たとえば胸部や腹部の CT 画像を眺めると、体内の構造の概略は万人に共通であっても、細部は十人十色であることがわかる。 従って、細部についてよくみれば、他の人の CT 画像ではみられない「特殊な構造」が発見されることは珍しくない。 そして、放射線診断学の教科書で常に強調されるように、こうした「特殊な構造」の多くは病的なものではない。 それ故に、その「特殊な構造」が病的であるか否かを判定するには、同一人について時系列に沿った放射線画像を比較することが重要なのである。 また、放射線レポートでは、病的意義が明らかではなく臨床的に重要ではないと考えられる細かな所見については、しばしば、省略される。 放射線科医は、こうした細かな所見に気付いた上で敢えてレポートでは割愛しているのだから、我々もそれに倣い、 レポートには記載されていない細かな所見にまで気を配りつつ CT 画像を眺めるべきであろう。
血液検査所見にも、実に深淵な物語が隠されている。 我々にとって幸運なことに、血液検査は週に少なくとも二、三回は行われるから、時系列情報が豊富である。 しかも、病理学的な立場からいえば、全ての検査所見には必ず原因と機序があるのだから、 確実な証拠はなくとも、検査所見を合理的に説明できる仮説は立てられるはずである。 この「仮説を立てる」という仕事は、学生にとって良いトレーニングになるであろうし、学生としてのウデのみせ所でもある。 たとえば、手術後に、術前に比して、血中の肝逸脱酵素の濃度が上昇し、活性化部分トロンボプラスチン時間 (APTT) は大きく延長する一方、 プロトロンビン時間 (PT) は大きく変化していない患者がいたとする。 この所見を、単に「手術中の操作で肝臓が軽度の障害を受けた」と説明するのはシロウトである。 これでは、PT が大きく変化していない理由を説明できていないからである。 基本的には全ての所見を合理的に説明するべきであるが、どうしても説明できない部分が残る場合には、 カルテ (学生記録) には「○○の所見が他の所見と合致しない原因は不明である」と明記するべきであろう。
私がみた細かな所見の中で、ずっと気になっているものが一つある。 手術後に、一過性に体液が貯留し、血中ナトリウム濃度が軽度の低下を示し、浸透圧 (計算値) が低下することがある。 この場合、希釈により血中アルブミン濃度や赤血球数密度が減少するが、平均赤血球ヘモグロビン量 (MCH) は変化しない。 単純なモデルで考えれば、この場合、平均赤血球体積 (MCV) は浸透圧差により大きくなりそうなものであるが、現実には MCV が軽度の低下を示すことがある。 これは本当に軽度の低下であって、いわゆる正常範囲からは逸脱しない。 なぜ、MCV が小さくなるのだろうか。本当に小さくなっているのか、それとも検査手法上の問題なのか。 もし合理的な説明を加えられる方がいたら、ぜひ教えていただきたい。