これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
やましいことは一切ないはずなので、私の知ることを全て、隠さずに、ありのままに記す。 大抵の病院には、製薬会社の営業担当者、いわゆる MR (Medical Representative) が多数、出入りしているらしく、名大病院も例外ではない。 彼らは、臨床の教授やその他の人々と面会するために、寒空の下で朝からじっと立っている。 また、医局、すなわち医師らの控え室の前で、資料の束を抱えて、じっと待っていることも多い。 彼らにしてみれば、我々学生も「取引先の関係者」にあたるという認識らしく、慇懃な挨拶をされることも多い。 しかし私としては、ひたすら廊下や屋外で待たされている人々から丁寧な挨拶を受けては、実に恐縮であり申し訳なくなってしまうので、 どちらかといえば、軽い会釈だけで済ませていただいた方が、ありがたい。 たぶん医師も、彼らをそのように待たせることについて心苦しく思ってはいるのだろうが、しかし ひっきりなしに訪れる営業担当者との面会にイチイチ応じていては本来の業務が滞るから、そのような対応になっているのだろう。 また製薬会社側も、そのような人員を確保することに予算を投入してでも、販路拡大することに意義を認めているのだろう。 とはいえ、そのような人件費は結局のところ薬価に反映され、すなわち患者や国民の負担となっているのだから、 こうした営業活動のありさまが公共の利益にかなっているかどうかは、疑問である。
さて、診療科によっては、定期的に、たとえば週一回程度、手の空いている医師が集合して営業担当者からの商品説明を聴く、という時間が設けられていることもある。 こういう場合には、たいてい、いささか高価な弁当などが、製薬会社側の負担で供される。 そうでもなければ、誰も、そのような説明を聴くために時間を割こうとはしないのであろう。 この弁当代も、最終的には薬価に転嫁されているものと推定される。 広告宣伝費が商品価格に転嫁されるのは、どの業界においても同じことであるが、日本の医療は公的保険制度を背景に成立しており、 かなりの程度、公的な性質を帯びた業種である。 このことを思えば、営業活動のあり方や、接待に類する行為のあり方について、市場原理に全てを任せるのは不適当である。
このように営業担当者は、ありとあらゆる手段を用いて、自社の薬剤のすばらしさを、医者に対して説明するのである。 その際には、当該薬剤の性質について、「科学的な」検証結果を示して有効性をアピールするのが普通である。 過日の某製薬会社による不正行為を挙げるまでもなく、こうした「検証結果」は、真に科学的な意味で充分な吟味を尽くしたものではない。 多くの場合、「検証」は、治験等によって得られる統計によって行われるのだが、こういう統計は、素人には客観的にみえるかもしれないが、 実際には、かなりの程度の主観が入る。
たとえば、ある新薬が「既存の薬剤と同等の効果を有する一方、副作用は少ない」ということを主張したければ、 効果について統計誤差が大きくなるようにすれば良い。その場合、既存の薬剤と新薬とで有意差が生じにくいから、「効果は同程度である」と主張しやすくなる。 また、薬剤の作用機序が完全には同一でない場合には、対象となる患者を巧く選定することで、二重盲検であっても新薬に有利な条件を整えることができるだろう。
はたして製薬会社や医師が、どの程度、科学的良心に基づく公正な基準と、専門家に相応な批判的精神で薬剤を評価しているのか、私は、よく知らない。