これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
どうやら医療の世界では、血圧計の読み方について不可思議で不合理な慣習があるらしい。 自動血圧計の場合、ふつうは血圧がデジタルで表示されるので、読み方が問題になることはない。 しかし正確に血圧を測定するには、自動血圧計よりも、水銀柱の血圧計と聴診器を使った方が良いとされる。 そして、この血圧計には大抵、2 mmHg 刻みで目盛がつけられている。 そのため、「手動で正しく血圧を測定したならば、その測定値は偶数になるはずである」などという医師が少なくないらしい。 たとえば学生が「121 mmHg」という血圧を記録したならば、「君、それは自分で聴診器を使って測ったわけではないよね?」などと言われるのである。 このような主張をする医師は、率直に申し上げると、物理学の基礎を理解していないものと思われる。
測定は、目盛より一桁小さな値を単位として行う、というのが世界の常識である。 目盛が 2 mmHg 刻みであるならば、測定値は 0.2 mmHg 単位で記録するのである。 これは、以下のような理由による。 水銀柱の高さが、ピッタリと目盛に一致することはない。 血圧を 2 mmHg 刻みで読もうとすると、たとえば「120 mmHg の目盛と 122 mmHg の目盛の中間点の近くであって、やや 120 mmHg の方に近い」という状態と 「118 mmHg の目盛と 120 mmHg の目盛の中間点の近くであって、やや 120 mmHg の方に近い」という状態は、いずれも「120 mmHg」と記録されることになる。 しかし両者は異なる状態なのであって、測定者も、その違いを認識しているはずである。 これを「120 mmHg」と一緒の表記で記録してしまっては、その微細な違いを無視し、情報を切り捨てて記録することになる。 そこで正しい測定法としては、「ほとんど完全に 120 mmHg と 122 mmHg の中間点である」ならば「121.0 mmHg」と書き、 「やや 120 mmHg に近い」なら「120.8 mmHg」などとする。 「120 mmHg の目盛よりも少しだけ低い」なら「118.8 mmHg」とすれば良い。 このようにして、「みたままの情報を、切り捨てることなしに記録する」ことができるのである。 細かなことをいえば、ノギスなどの装置で長さを測る場合には目盛通りに読むのだが、これは別の話である。
従って、もしインチキをした学生を咎めるならば、ほんとうは、次のように言うべきである。 「聴診器を使って測ったなら、小数点以下の値も記録されるはずである。 整数で書いているということは、君、どういうわけだね?」
とはいえ、学生が小数で血圧を記録した場合、その真意を指導者に理解してもらうことは至難であろう。 また、血圧は生理的にも大きく変動するものであるから、1 mmHg 以下の精度で測定することには、あまり意味がないともいえる。 こうした事情を踏まえると、「本当は小数で記録するのが正しい」ということを認識した上で、 指導者の嗜好に合わせて記録するのが、遺憾ながら現実的である。 この不適切な慣習は、我々が指導者になってから正せば良い。