これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/11/03 敗血症性ショックにおける意識障害

敗血症性ショックの話である。 先日少しだけ言及したサードスペース理論については、後日、補足する。

敗血症とは、感染により、全身で急性炎症反応が生じるものをいう。 なお、日本版敗血症診療ガイドラインでは定義と診断基準が混同されているので、学生諸君は注意されたい。 重症の敗血症では全身の血管が拡張し、適切な血流を保つことができなくなり、末梢組織で循環不全を生じることがある。これを敗血症性ショックという。 循環不全とは、組織が必要とする酸素や栄養を充分に供給するだけの血流が保たれていない状態のことである。 軽症あるいは初期の敗血症では、全身の血管が拡張するものの、生理的な代償反応により末梢組織での循環不全を来さないこともあり、これを hyperdynamic state という。 これに対し、実際に循環不全を来しているものを hypodynamic state と呼ぶ。 一部には hyperdynamic state も「ショック」に含める流儀もあるようだが、そもそもショックとは末梢組織の循環不全のことをいうのだから、 現に循環不全を来してはいない hyperdynamic state をショックに含めるのは不適切である。

先日、某所で私は、数名の同級生と合同で敗血症性ショックの症例について発表した。 このとき、会場にいた同級生の某君から、鋭い質問が飛んだ。 「血圧低下などの明らかな循環不全の徴候を呈する前に、意識障害や呼吸状態の悪化を来したのは、なぜか」というのである。

医学科低学年あるいは専門外の読者のために、彼の質問の意味について補足する必要があるだろう。 敗血症で不幸にして患者が死亡する場合、たいてい、その原因は循環不全である。 全身の血管が拡張し、血流を保てなくなり、脳に充分な酸素を供給することができず、死亡するのである。 また「呼吸状態の悪化」とは「血液に酸素が充分に取り込まれていない」という意味である。 我々が発表した症例では、血圧低下などが明らかになる前に、意識障害や呼吸状態の悪化がみられた。 これは簡単には説明できないように思われるが、どう解釈しているのか、と、彼は我々に問うたのである。

私は、他人の発表に対してはネチネチと細かな質問を行うが、どうやら、自分の発表に対してはいささか、批判的吟味が足りないようである。 彼の質問は、至極あたりまえの疑問であるにもかかわらず、指摘されるまで、私は、その問題をまったく認識していなかったのである。 よくよく反省しなければならぬ。 会場では私は彼に充分な回答をすることができなかったため、彼は不満そうな顔をしていた。 家に帰ってよくよく吟味してみたところ、たぶん、意識障害は次のような機序で生じているのだろうという結論に至った。

基本的には、敗血症においても脳では著明な炎症反応はみられない。 従って、全身の至る所で血管が拡張するものの、脳の血管はあまり拡張しない。 心臓から送り出される血液の大半が脳以外の部分に流れていくから、脳の血流は欠乏する。 その結果、脳では酸素が欠乏し、意識障害を来すのであろう。


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