これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/12/22 医学科生向けフリーマガジン

先日、某所でたまたま、iCrip という医学科生向けのフリーマガジン (2014.12 Vol. 31) が配布されていたので、深い考えなしに、一部を頂戴した。 発行元は、医師国家試験対策のメックという予備校である。 もちろん私は、こうした予備校が医学を歪め、試験対策ばかりを学生に教え、学問の真髄には触れず、 その一方で、深く学問的で重要なことを教わっているかのように学生に錯覚させているということは、知っている。 その上で、連中の主張に一応は耳を貸した上で馬鹿にしてやろう、という程度に思い、手にとったのである。

まず表紙からして、おかしい。「医学部に来たのは医師になる為だよね! その目的と使命感を持って!!」と書いてある。 志が低すぎる。 たとえば私の場合、医学部に来た目的は医学を修めるためであって、医師になることは手段に過ぎない。場合によっては、医師には、ならなくても構わないのである。 医師になること自体を目的としては、ならない。 学生の中には、まずは医師になって、それから段々とステップアップする、という考えで何が悪いのか、などと反論する者がいるだろう。 大いにまずい。 人類の歴史を振り返った時、手段と目的を明確に区別して認識していなかった者が、何事かを成した例を、私は知らない。 「医師になること」自体を、暫定的とはいえ目的に設定してしまえば、勉強の仕方が歪んでしまうのである。

具体例を示す。このフリーマガジンの 54 ページに、この予備校が実施した模試から引用された例題が示されている。 「肝予備能を示す指標でないのはどれか」という設問に対し、選択肢は「a ALT, b ICG 試験, c 総ビリルビン, d コリンエステラーゼ, e プロトロンビン時間」である。 私は「全て指標になる」と判断した。 そこで「解説」をみると、「正解」は a の ALT であるらしい。その根拠が明記されていないのだが、解説の雰囲気からすると、どうやら出題者は、 原発性肝癌取扱規約にある「肝障害度評価」や Child-Pugh 分類に ALT が含まれていないことを根拠に「肝予備能の評価には用いない」としたものと推定される。 これは、全く不適当な判断である。

たとえば慢性肝炎の患者において、白血球数などの炎症所見は増悪傾向にあり、血清 ALT 活性が高度高値であった患者において、 炎症所見に著変がない一方で急激に ALT 活性が軽度高値ぐらいにまで低下した場合、肝硬変が完成したことを反映している疑いがある。 このような場合、ALT は肝予備能を示す指標として用いることができる。 「肝障害度評価」や Child-Pugh 分類が ALT を指標として採用していないのは、ALT 単独では指標として用いることが困難であり、 複合的で理論的な解釈が必要となることから、客観性を重視する場合には不適当だ、というだけのことに過ぎない。 客観性を重視する場合、というのは、たとえば臨床研究などのために統計を取るような場合をいうのであって、 通常の診療においては、そこまで客観的である必要はない。

単独では肝予備能を示さない、という点については他の項目も実は同様であって、たとえば溶血性貧血の患者では肝予備能が高くても 総ビリルビンは増加するし、あるいはプロテイン C 欠損症の患者やライデン変異の保有者であればプロトロンビン時間は肝予備能の割には短くなる。 ALT は、他の要因の関与の程度が著しい、という、程度の問題に過ぎない。

従って、適切に出題するならば「肝癌取扱規約における肝障害度や Child-Pugh 分類における肝障害度の評価に含まれない項目はどれか」などとするしかない。 それを、予備校が言うように「ALT は肝予備能の評価には用いない」などと暗記しているようでは、医学を学んでいるとは、いえない。 さらにいえば、このような出題に対して「正解」できる学生は、勉強の仕方がおかしい。


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