これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/03/04 SIADH による意識障害に対する輸液 (考察)

昨日の症例提示についての考察である。

MEDSi 『体液異常と腎臓の病態生理』によれば、血漿浸透圧が緩徐に変化した場合、細胞内の浸透圧は、アミノ酸などの濃度変化によって調節されるらしい。 この際に増減する「アミノ酸など」のことをオスモライトと呼ぶ。 たとえば、低ナトリウム血症による血漿浸透圧低下の際には、オスモライトが減少する一方、細胞内カリウム濃度は大きく変化しない。 この濃度変化が、細胞外との輸送によるのか、それとも細胞内での代謝によるのか、私はよく知らない。 もしここで、急速に高張食塩水を大量輸液すると、オスモライトが増加することは増加するのだが、この変化は、比較的、遅いらしい。 従って、細胞内浸透圧が充分に上がらない状態で血漿浸透圧が急速に上昇することになり、水が細胞内から血漿に移動する。 このため、全身の細胞が脱水により萎縮する。 特に橋などにおいては、これが著明であるらしく、脱髄が起こり、重篤な神経傷害を来す。 これは橋中心髄鞘崩壊などと呼ばれる。 従って、オスモライトの移動が血漿浸透圧の上昇に遅れないようにするため、高張食塩水は少しずつ投与するべきである。 だいたい、血清ナトリウム濃度の補正は毎時 0.5 mEq/L 以下ぐらいにするのが良いとされるが、この補正速度の上限については明確なコンセンサスがない。 なお、以上の議論からわかるように、もし低ナトリウム血症が急速に進行して、オスモライトの減少が追いついていないと考えられる場合には、 高張食塩水を急速に輸液した方が良い。

さて、以上の議論は、輸液内容にカリウムを含めなくて良いことの説明にはなっていない。 カリウムについて議論する際には、全身の細胞において、カリウムチャネルは豊富に開口していることに留意が必要である。 生きている細胞では、膜電位は適切に保たれているはずであるから、Nernst の式あるいは Goldman-Hodgkin-Katz の式より、 細胞内外のカリウム濃度比も適切に保たれているはずである。 従って、細胞外液について低カリウム血症を来していないならば、細胞内カリウム濃度も適切に保たれているはずである。 先の症例では、名古屋さんは低カリウム血症を来しておらず、脱水も来していないのだから、全身のカリウム量に過不足はないはずである。 以上の検討から、カリウムを投与するべきではない、といえる。 逆に、低カリウム血症を来している場合には、細胞内も低カリウム状態であるから、かなりの量のカリウムを投与する必要がある。 細胞内液と細胞外液の量の比は 2:1 程度であり、カリウム濃度の比は 30:1 程度であることに留意すると、 もし、総体液量 20 L の名古屋さんの血清カリウム濃度を 1 mEq/L 上昇させたいならば、400 mEq 程度のカリウムが必要になる。

以上の考察によっても、なお、輸液内容が食塩水で良い理由の説明にはならない。 昨日記載した計算式によってナトリウムを投与した場合、ナトリウムは細胞内に移行しないことから、血清ナトリウムは過剰になり、尿中に排泄されるであろう。 理論上は、細胞内に移行しないナトリウムを投与するよりは、オスモライトとして細胞内に移行しそうなグルタミンなどを投与する方が、良いのではないか。

これについては、次のような反論が予想される。 第一に、食塩水だけの投与であっても、細胞内外の浸透圧はヒトの神秘的なホメオスタシス維持機構によって適切に制御されるのだから、 イチイチ医者が余計な心配をしなくても、実際には問題がない。 第二に、過剰なナトリウムが尿中に排泄されるということは、水も一緒に排泄されることになるから、 もともと体液が過剰な低ナトリウム血症患者においては、かえって都合が良い。

これらの反論は、まぁ、もっともである。 臨床的に高張食塩水を投与することは、適切であると、私は思う。


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