これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/03/01 尤度比の誤用

いわゆる総合診療を好きな学生の中には、「尤度比」などを用いて「理論的な診断」を好む者がいる。 そういう人々は『ベイツ診察法』とか『マクギーの身体診断学』などを重宝するようである。 以前にも書いたが、これらの尤度比を用いた診断は、理論的なようで、実際には論理が破綻している。 医学書院が発行している「週刊 医学界新聞」の 2015 年 2 月 9 日号に、尤度比を過信する記事が掲載されており、私のハラワタは煮えくりかえった。

彼らの論理の、どこがどう破綻しているかを説明するのは、難しい。 およそ彼らの主張は「犬は哺乳類である。従って、猫は鳥類である。」と言っているようなものであり、意味不明で論理が全く成立していないために、 どこをどう批判すれば良いか、わからないのである。 彼らの論理の問題点を簡潔に突くならば、「彼らは『確率』という概念を理解していない」ということになる。 しかし彼らは「そんな言葉の定義なんか、どうでもいいよ。確率とは何か、なんて、なんとなくわかっていれば充分ではないか。」と反論するであろう。 彼らは自分が使っている言葉の意味を理解しておらず、しかも、それを恥じる心すら持っていないのだから、議論の成立する余地がない。

ベイズ推定派の理論は、基本的にはベイズ推定に基づく確率論に基づいている。 この際、文献に記載されている「感度」「特異度」の値を用いることは不適切であるということは、 昨年 11 月 9 日, 10 日に書いた。 さらに、複数の所見を組み合わせる際には、それらが独立であるかどうかが非常に重要なのであるが、この点は、しばしば、何の根拠もなしに「些細なこと」として軽視される。 これらの理論上の制約により、ベイズ推定による診断は、臨床的には、おおまかな推定の域を出ることができない。

さらに、そもそも診断は確率事象ではないのだから、確率論に基づいて診断すること自体がおかしい。 我々病理学者は、この根本的な事実を重視し、確率や統計に頼らず、論理的な診断を行う。 この点が、ベイズ推定派と、我々との相違である。

はたして、ベイズ推定派の学生や医師は、本当に、その理論を自分で理解して納得した上で使っているのだろうか。 たぶん、ベイズ推定による診断法を最初に提唱した人は、これらの理論的制約が重大であることを指摘していたのであろう。 しかし後世の凡庸な臨床医は、理論の中核を理解せずに結論だけを抜き出して使用するようになり、その精度を過信するようになったものと想像される。 ただし、私は、このベイズ推定法の初出文献を知らないので、ご存じの方は、教えていただけるとありがたい。

2015.03.02 日付修正

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