これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/02/26 美しい組織

過日、乳腺の組織標本をみた。 手術により摘出された検体から、乳癌の広がりの程度や、乳癌の性状を調べるための病理診断を目的として作成された標本である。 手術では、「明らかに癌である部分」だけでなく、その周囲の「たぶん正常な部分」も切除するのが普通である。 なぜならば、現代の検査技術では、事前に「癌が広がっている範囲」を調べることができないため、充分な余裕をもって切除しなければ、 癌細胞を取り残してしまうリスクが高いからである。 従って、私がみた組織標本においても、その大部分は正常組織であり、癌組織は、ごく一部にあったのみである。

ふつう病理医は、弱拡大で標本の全体をみた上で、「明らかに異常な部分」や「ちょっと違和感のある部分」だけを強拡大でみるらしい。 しかし私は、学生であるから、「明らかに正常ではあるが、ちょっと面白そうな部分」も、拡大してじっくり眺めることが少なくない。 たぶん、これは、時間に比較的余裕のある、学生時代にだけ許される贅沢な特権である。 上述の乳腺標本について、私は、明らかに正常で、HE 染色において完全な二層性が明瞭に認められる、 実に美しい乳管に目を奪われ、ホホゥ、と嘆息しながら観察した。 また、拡張した乳管の一部において、一見、アポクリン化生様ではあるが、よくみると核は腫大しており、基底側ではなく管腔側に偏在し、 時に二核であり、さらに、「間違えて核の含まれる側を『アポクリン』しているかのような像」もみられた。 後に、エキサイトしながら、これらの所見を友人に伝えたところ、「おまえは変態ではないか」と言わんばかりの、冷ややかな反応が返ってきた。

この興奮、ヨロコビを、どうすれば正しく他人に伝えられるのだろうか。


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