これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
以前、ネフローゼ症候群について少しばかり書いた。 当時、私は腎臓というものをよく知らなかったので、かなり歯切れの悪い表現になってしまった。 過日、『体液異常と腎臓の病態生理 第 2 版』を読み、腎臓について少しばかり理解したので、ここに記録しておく。 同書は「ハーバード大学テキスト」という冠を戴いてはいないが、著者はハーバードの教授であり、生理学からキチンと疾患を理解するための名著である。 原書は第 3 版が出版されているが、私は英語が苦手であるので、訳書を読んでいる。 なお、同書は臨床的な検査等について記載が乏しいことから、日本の医師国家試験には不向きである、などと主張する人がいる。 しかし、疾患について生理学的に正確な理解をせずに、ただ臨床医療に特化した知識を詰め込むことが、医師として適切な姿勢であるとは思われない。
ネフローゼ症候群とは、糸球体障害により蛋白質が尿中に漏出することに起因する症候群をいう。 ネフローゼ症候群では、体液が貯留し、浮腫を来すのが典型的である。 その機序について、通俗的な書物等では、血漿膠質浸透圧が低下することで水が間質に移行するため、などと説明しているらしい。 以前、私は「この説明にケチをつけようとしているわけではないが、しかし、この説明では不十分である」と書いたが、この記載は誤りであった。 次のように訂正する。 「この通俗的な説明は、生理学的観点からは、誤りである。」
血漿膠質浸透圧の低下は、確かに、間質への水の移行を促す。 しかし生理学でいう「三つの安全機構」があるために、この水の移行は僅かであり、浮腫の主たる原因にはならない。 三つの安全機構とは、水の移行に関する負のフィードバック機構のことであって、間質への水の移行に続発する 「リンパ流の増加」「間質膠質浸透圧の低下」および「間質静水圧の上昇」である。 ただし、後二者はヒトが持つ機構というよりは、物理法則である。
ネフローゼ症候群においては、血漿中の膠質浸透圧低下に伴って間質の膠質浸透圧も低下するため、膠質浸透圧変化に起因する水の移動は乏しいようである。 この問題を、一部の予備校講師らは、どのように理解しているのだろうか。
少なくともハーバード大学においては、ネフローゼ症候群における浮腫の根本的な原因は、腎の集合管におけるナトリウム再吸収の亢進であると考えられているらしい。 これは、血液から組織液への水の移行による有効循環血漿量減少に対する代償性のものではないという点が重要である。 すなわち、ナトリウムが貯留するから体液量が増加し、結果として浮腫が生じる、というのである。 この考えは、J. Clin. Invest., 71, 91-103 (1983) の報告に基づいているらしい。 なお、このナトリウム貯留の詳細な機序は不明であるが、局所的な神経液性因子に依るものであり、全身の有効循環血漿量とは無関係である。
問題は、これらの研究は、1980 年代に行われていた、ということである。 三十年間、一部の自称教育者は、一体、何を教えてきたのだろうか。