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2015/02/06 細胞異型と構造異型

病理診断の技術的な話である。対象読者としては、医学科三年生以上を想定している。

組織学的診断においては、細胞異型と構造異型とを総合的に判断して診断する。 異型とは「正常とは違う形態」という意味である。 すなわち、「細胞異型」とは「細胞の形態がおかしいこと」であり、「構造異型」とは「組織の構造がおかしいこと」である。 正常な組織に比べて、反応性の変化、良性腫瘍、悪性腫瘍、の順で、細胞異型や構造異型が強くなっていくのが普通である。 反応性の変化とは、外部からの刺激による変化であって腫瘍性の変化でないものをいい、多くは炎症によるものであり、過形成を伴うことが多い。

さて、私は先日、病理診断の勉強をしていて、結腸腫瘍の診断に迷った。 隆起性の病変であって、細胞異型は軽度であり、核は腫大し明調であるが細胞の極性はよく保たれている。 しかし腫瘍細胞は分枝が多く不整な腺管を形成しつつ増生しており、一部に篩状構造にもみえる腺管があった。 これを「高異型度の腺腫」とみるか、それとも「高分化型腺癌」とみるか、という問題である。 つまり、組織構造だけをみれば、高度の構造異型があることから、腺癌と考えられる。 一方で、細胞の形態だけをみれば、極性は保たれていることから、良性腫瘍、すなわち腺腫に思われる。

私は、組織構造を重視して「高分化型腺癌」と診断した。 だが指導医は「これは難しいところであって、癌という診断もあり得るが、私なら腺腫と診断する。」と述べた。 極性が非常によく保たれていることから、癌とみるのは抵抗がある、とのことである。

私は、その場ではフゥム、と唸ったばかりであったが、後でじっくり考えた結果、指導医の意見に全面的に同意した。 構造異型を重視するという立場の根拠は、構造異型は細胞レベルの異常をよく反映する、という考えにある。 それならば、細胞が明確な極性を保っている以上、「篩状構造にもみえる腺管」は単に腺管の分岐部が、たまたま、そのようにみえたものと解釈するべきであろう。 篩状構造は、細胞極性が失われない限りは、形成され得ないからである。 何より、腫瘍が浸潤するためには、細胞接着を失い、原発巣から離れて遊走する必要がある。 細胞が明確な極性を保ちながら、そのような遊走能を獲得すると考えるのは無理がある。 従って、本当に明確な細胞極性が保たれているならば、構造異型がどうであろうと、腺癌ではなく腺腫とみるべきであろう。


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