これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
臨床医学的には、「清潔」とは「滅菌されている」という意味である。「滅菌」とは、「病原体が悉く死滅あるいは不活化されている状態」をいう。 滅菌するには、高温高圧の蒸気で処理したり、放射線照射したりすることが多い。 これに対し「不潔」とは「滅菌されていない」という意味である。 また、一度滅菌したものであっても、不潔なものに触れれば不潔になる、と考える。 たとえば、石鹸でよく洗った手は、滅菌されたわけではないから、不潔である。 よく加熱した牛肉も、クロストリジウムなどの芽胞は不活化されていないことがあるから、不潔である。
このように、清潔、不潔の概念は臨床医学と日常生活で大きく乖離しているから、時に、あらぬ誤解を招くことがある。 たとえば、病室で患者に何らかの処置をする際に、「不潔なガーゼで良い」などという指示がなされることがある。 このような言葉を聞いた患者は、驚くかもしれない。 従って、患者の前では「滅菌していないガーゼで良い」などと言った方がよろしいのではないかと思う。
手術室においては、青いカバーは「清潔」の意味であるから、不潔な手などで触れてはならないとされている。 ところが私は、臨床実習にあたり、そのような「常識」を特に教えられなかった。 「教えられなくても、そのくらいはわかるはずである」と言わんばかりであるが、教えられなければ、わかるはずがない。 幸い、私は某所で独自に学んでいたために、これについて重大な失敗はしなかったが、教育体制に、いささかの問題があるように思われる。
さて、手術を行う際には、術野は清潔に保つのが原則である。 術者は清潔なガウンを装着し、手をキレイに洗った上で清潔な手袋を着用する。 この際、ガウンの前面や手袋を清潔に保たなければならない。 従って、たとえば手袋を着用する際にも、不潔である手の触れた部分は不潔になるのだから、外面に手を触れないように気をつけて着用しなければならない。 また、ガウンの背面は気づかぬうちに不潔なものに触れているかもしれないから、不潔であるものとみなす。 さらに、ガウンの袖の部分は清潔であるが、首から上は当然に不潔であるから、上肢を大きく挙上する動作は、よろしくないとされる。
ところが、外科医の間では、こうした清潔、不潔の原則が必ずしも守られていないようである。 たとえば、こうした手袋は、外袋の中に、さらに紙で包まれた状態で入っており、この紙は滅菌されている。 これを、ふつうは滅菌された台の上に置いてから、手袋を取り出すのだが、素手で直接、紙包みを持ってはならない。 なぜならば、手は不潔なのだから、それで持った紙包みは不潔になり、それを置いた台も不潔になってしまうからである。 それにもかかわらず、無造作に素手で紙包みを持つ医師は少なくない。 さらに、滅菌手袋を着用する際に、手袋の外面を素手で掴む医師も、珍しくない。 極めて稀に「正しく洗った手は清潔である」と主張する医師がいるが、これは、さすがに少数派である。
実際には、ここまで細かく気にしなくても、患者の感染リスクには大差ないのかもしれない。 だが、清潔操作が可能であり、教本にもそう記されているにもかかわらず、敢えて不潔な操作をするならば、その不潔操作を正当化するだけの合理的根拠が必要である。