これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/01/20 第 Xa 因子阻害剤

1 月 22 日の記事も参照されたし。

詳細な機序は不明であるが、慢性心房細動を有する患者では、心房内で血栓が生じやすいらしい。 この血栓が血流にのって運ばれ、全身で塞栓症を来し、特に脳梗塞を生じることがある。 そこで、血栓形成を予防する目的で、抗凝固薬または抗血小板薬が投与されることが多い。

抗凝固薬とは、いわゆる血液凝固カスケードの一部を阻害する薬剤である。 これに対し抗血小板薬とは、血小板の活性化を抑制する薬剤である。 動脈血栓症は動脈硬化が関係していることが多く、この場合、異常な血管壁が血小板の不適切な活性化を来し、血栓を形成する。 このため、動脈血栓症の予防には抗血小板薬、たとえばアスピリンが有効である。 これに対し静脈血栓症は、『ハリソン内科学』第 4 版によれば主として組織因子への過剰な曝露によって凝固亢進状態となって生じるらしい。 すなわち、こちらは血小板があまり関与しないため、抗血小板薬は著効しない。 心房細動による血栓症は、機序としては動脈血栓症よりは静脈血栓症に近いらしく、 抗血小板薬よりも抗凝固薬の方が著効するとされている。

伝統的には、抗凝固薬としてはワルファリンが用いられてきた。 これは第 II, VII, IX, X 因子の翻訳後修飾を阻害する薬剤である。 具体的にはビタミン K 依存的なカルボキシル化を阻害するものであり、正常な凝固因子ではなく 機能を有さない PIVKA (Protein Induced by Vitamine K Absence) が産生されるようになる。 これに対し、リバーロキサバンは選択的な第 Xa 因子阻害薬である。 これは活性化した第 X 因子を競合阻害することで、プロトロンビンの活性化を抑制する。 その他の凝固因子にはほとんど作用せず、また凝固因子の産生自体は抑制しない。 こうした作用機序は、PMDAのサイトで閲覧できる薬剤の添付文書に記されている。 ただし、時に、添付文書の記載は根拠論文の不適切な要約になっていることがあるから、時間が許すならば、簡単にで構わないから、 添付文書に参考文献として挙げられている元論文に目を通した方が良い。

さて、ワルファリンは、脳梗塞などの塞栓症を抑制する一方で、副作用として脳出血のリスクを高めるという恐ろしい薬剤である。 なぜワルファリンが脳出血を誘発するのかは、いまいちよくわからない。 たぶん、血管の微小な破綻は日常的に起こっているのだが、通常は血液凝固により直ちに修復され、ほとんど出血していないのだと考えられる。 しかしワルファリンが大量投与されて凝固能が低下していると、微小な破綻が拡大し、大出血に至るのであろう。

リバーロキサバンは、ワルファリンに比べて、脳出血の副作用が少ないといわれている。 その機序について、不思議には思いつつも、よく調べずにいたのだが、先日、某製薬会社の人物が、次のようなことを言っていた。 脳は比較的、組織因子が豊富な器官である。 リバーロキサバンは組織因子を阻害しないために、ワルファリンとは異なり組織因子依存的な止血機構が作用するものと考えられる。 この説明は論理が非常に飛躍しているため、これで納得する人は、とてもよく勉強していて洞察力が高いか、さもなくば批判的精神が不足している。 そこで飛躍部分を私の言葉で補うと、次のようになる。

組織因子、すなわち第 III 因子は、第 VII 因子を活性化する。 血液凝固能は、凝固カスケードの各段階が相乗的に作用した全体として定まるのであるが、 組織因子が豊富な脳では、その他の器官に比して、第 VII 因子の活性化の寄与が比較的大きいものと考えられる。 従って、プロトロンビン時間 (PT) が同程度になるように投与した場合、 第 X 因子だけでなく第 VII 因子の翻訳後修飾も阻害するワルファリンは、リバーロキサバンに比して相対的に、脳における血液凝固能を強く抑制することになる。 このため、血栓症予防効果が同程度になる量を投与するならば、リバーロキサバンはワルファリンに比して、脳出血のリスクが低くなる。


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