これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
「フラジャイル」という、病理診断や臨床検査を扱う漫画がある。 基本的には、臨床医が誤診しかけたところを、病理医が適切な指摘により正しい診断に導く、という内容のようである。 第 1 話は、「腰椎椎間板症」と診断された患者が、実は……という話である。
作中では敢えて指摘されていないが、基本的に「○○症」という語は、診断名としては本来は不適切であることが多い。 というのも、「○○症」という語は、○○が解剖学的部位の名称である場合には 「よくわからないが、○○がおかしい。たぶん腫瘍ではない。」というぐらいの意味であり、疾患名ではないからである。 たとえば乳癌検診などで「乳腺症」といわれたら、それは「乳房に腫瘤はあるが、乳癌ではない。」というぐらいの意味である。 多くの場合は、病理学的に「繊維嚢胞性変化」と呼ばれるものであり、疾患名としては、こちらが正しい。 同様に「腰椎椎間板症」といえば、医学書院『医学大辞典』第 2 版によれば 「広義には, 椎間板の変性を病因とする疾患の総称名」であり、狭義には「椎間板ヘルニア, シュモール軟骨結節, すべり症や変形性脊椎症」を除外したものをいう。 要するに「腰椎のあたりがおかしいが、原因は不明」という意味であるから、診断名としては非常に曖昧で、よろしくない。
さて、作中では神経内科医が「単に腰が痛いから椎間板症」という、全く理屈の通らない診断を行い、 「外傷や脳の異常がない以上は疑いは強い」としている。 主人公である岸の「発熱や悪心はどう説明する?」という指摘には「薬で抑えられていますから」と答えている。 そこで岸が「それ本気で言ってんの?」と噛みつくところから、論争が始まる。
あまり具体的なことは書けないのだが、私自身、某病院で実習を受けた際に、似たような、筋の通らない診断をみたことがある。 「△△炎」と診断された患者であるが、△△炎としては症状が非典型的で、合理的に説明することが困難である、というよりも不可能であるし、 MRI その他の検査においても、△△の炎症を示唆する明らかな所見はない。 それでも、他に疑わしい疾患がないから、という理由で△△炎と診断されたのである。 ここで「他に疑わしい疾患がない」というのが、本当に、医学的吟味を尽くしたのか、という点に、大いに疑問があった。
さて、先の「フラジャイル」の椎間板症のくだりを読んだ医師の多くは、「確かに、この神経内科医の診断は無茶苦茶である」と思うかもしれない。 しかし、忙しい日々の診療の中では、ついつい、同様の「手抜き診断」を行ってしまうことが、あるのではないか。