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2014/05/04 急性冠症候群

5 月 5 日の記事も参照されたい。

急性冠症候群とは、不安定狭心症や急性心筋梗塞の総称である。 心筋梗塞や狭心症の概念に関する記述は、教科書によって多少のばらつきがあり、 私自身、ここ二年間ほど系統的な理解を得られずに苦しんだので、ここに、簡潔に要約する。 多くの教科書は、これらの疾患を臨床的な観点から解説しているようである。 しかし、そうした記述は救急の現場においては有用であろうが、疾患の本質を理解する上では混乱を招く恐れがあるため、 ここでは、あくまで病理学的観点からの理解を試みる。

まず、虚血性心疾患は心筋梗塞と狭心症の二種類に分類できる。 前者は梗塞、すなわち壊死を伴うものをいい、後者は壊死に至らない、可逆的な変性のみによるものをいう。 なお、「狭心症 angina pectoris」とは、この疾患の臨床症状に基づいて与えられた呼称であり、 疾患の本質を表していない不適切な名称であるが、歴史的経緯により、現代では疾患名として用いられている。

心筋梗塞は、ふつう、冠状動脈が何らかの事情により急激に閉塞して生じるものであるから、臨床的には急性心筋梗塞と呼ばれることもある。 しかし慢性心筋梗塞という疾患は存在しないので、わざわざ「急性」とつけることには意味がなく、急性心筋梗塞と心筋梗塞は同義と考えて良い。 一方、狭心症の原因は大きく二つに分けられる。すなわち、血栓あるいはその他の塞栓によるものと、冠動脈の攣縮によるものである。 冠動脈の攣縮による狭心症は欧米人には少ないが日本人では比較的多く、「冠攣縮性狭心症 vasospastic angina」と呼ばれる。

冠動脈が攣縮する機序はよくわかっていないが、たぶん、内皮細胞の障害が背景にあるのであろう。 ADP やアセチルコリンなどの物質は血管平滑筋を収縮させる作用を有するが、血管内皮細胞はこれらの物質に反応して 一酸化窒素やプロスタサイクリンを産生し、平滑筋の弛緩を促す。 そのため、正常な血管では ADP やアセチルコリンは全体として血管の弛緩を促す。 しかし血管内皮細胞障害のある部位では、平滑筋の収縮作用が優位となるため、血管は収縮する。 これは、外傷などにより破綻した血管を収縮させ、出血を抑える働きがあると考えられる。 しかし慢性的に血管内皮細胞が障害されている場合には、交感神経緊張などにより一過性に冠状動脈が狭窄し、 そのために心筋への酸素供給が減少し、狭心症発作を来す。

以上が機序による急性冠症候群の分類であるが、臨床的には、心電図所見による分類がしばしば用いられる。 まず狭心症についていえば、典型的には ST 下降を呈するとされているが、 冠攣縮性狭心症では、しばしば ST 上昇を呈し、これを特に「異型狭心症」と呼ぶ。 異型狭心症と ST 下降型狭心症の違いについては長くなるので別の機会に考察するが、 本質的に重大な差異はないように思われる。

また、狭心症のうち、身体的活動により心拍出量が増加した時、すなわち心筋の酸素需要が増加した時のみ胸痛などの症状を呈するものを「労作狭心症」という。 これは、「安定狭心症」と同義と考えてよく、冠状動脈の一部が高度に狭窄しているために、労作時の酸素需要が酸素供給を上回っているために生じる。 非労作時にも症状を呈する場合は「安静狭心症」という。 安静狭心症の中には塞栓が関与するものもあるというが、塞栓だけでは安静時に発作を来すことが説明できないため、 基本的には冠状動脈の攣縮によって引き起こされると考えるべきであろう。

「最近になって新たに発症した、または増悪した狭心症」のことを特に「不安定狭心症」という。 こうした狭心症は、しばしば心筋梗塞の前駆症状となるために、特別な名称が与えられているのである。

心筋梗塞については、ST 上昇型と ST 下降型に大別される。 厳密には異なるが、基本的には、ST 上昇型は貫壁性の、ST 下降型は非貫壁性の、心筋梗塞と考えられる。 心内膜側は心筋の収縮により圧が高く、側副血行路に乏しく、また心筋潅流の下流に位置することから虚血に陥りやすく、 時に心内膜側に限局して梗塞を来すことがあり、これが非貫壁性の心筋梗塞である。

さて、以上のことからわかるように、ST 上昇型と ST 下降型では、心筋梗塞にせよ狭心症にせよ、 臨床上の重大性はともかく、疾患としては本質的に大きな差はないと考えられる。 このことから、急性冠症候群の概念は教科書によって若干の相違はあるものの、基本的には、 「不安定狭心症 -> 非貫壁性心筋梗塞 -> 貫壁性心筋梗塞」という、重症度は異なれど本質的には同一である疾患群の総称と考えてよかろう。

2014/05/05 語句追加

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