これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/05/10 ステロイドホルモン産生障害

先天性ステロイドホルモン産生障害、特に先天性副腎過形成についてである。 この疾患は、副腎におけるステロイド産生に関する酵素を先天性に欠いているために 糖質コルチコイド産生能が低いことが原因であり、常染色体劣性遺伝する。 代償的に ACTH が過剰産生されることから、反応性に副腎が過形成となる。 表現型は多様であるが、基本的には、欠損している遺伝子に応じて生理学的に予想できる。

先天性副腎過形成の 95 % 程度は 21 水酸化酵素欠損症であり、これは 新生児マススクリーニングの対象となっている。 この酵素を欠くことにより、アルドステロンやコルチゾールを産生することができず、 結果的に 17-ケトステロイド、すなわちアンドロゲンが過剰産生される。 このため、女児においては陰核が形態異常を呈し、陰茎様になることが多い。 いわゆる副腎性器症候群である。 本疾患の可能性が予想される場合には、妊娠中に ACTH 分泌抑制能が強い デキサメタゾンを適量投与することで予防できる。 また、発症した場合には外性器を再建し、鉱質コルチコイドや糖質コルチコイドを 適量投与することが治療の基本である。 ただし、この「適量」というのが難しい。

なお、稀ではあるが 17α-水酸化酵素欠損症の場合も先天性副腎過形成を来すが、 この場合は糖質コルチコイドやアンドロゲンを産生できず、結果的にアルドステロンが過剰になる。 このため、いわゆる低レニン性高血圧症を来すわけであるが、 文光堂『小児科学 改訂第 10 版』によれば、その発症は主に青年期であるらしい。 なぜ幼児期に高血圧を来さないのか、よくわからぬ。

ところで、ACTH 分泌能を調べるためにメチラポンという薬剤を使用することがある。 これは 11β-水酸化酵素阻害薬であり、コルチゾール産生を選択的に阻害するとされる。 すなわち、ACTH 分泌能が正常であれば、メチラポンを投与すると 血中コルチゾールが減少し、それに反応して血中 ACTH が増加する。 この反応が遅い場合には、何らかの事情で ACTH の分泌能が低下しているのではないかと疑われるのである。 さて、私はこの話を『ハーバード大学テキスト 病態生理に基づく臨床薬理学』で読んだとき、首をかしげた。 11β-水酸化酵素は、アルドステロン合成にも必要な酵素であるから、これを阻害すれば アルドステロン産生も阻害され、結果的に低血圧や低ナトリウム血症を来すのではないか、と思ったのである。 しかし本日ようやく理解したのであるが、11β-水酸化酵素の基質である 11-デオキシコルチコステロンは鉱質コルチコイド活性を有するため、メチラポンを投与しても 血圧は低下するどころか、むしろ上昇するのである。 同様に、11β-水酸化酵素を先天的に欠損する人は低レニン性高血圧を来すわけであるが、 どうやら、これも幼児・学童期に発症するのがふつうであるらしい。 よくわからぬ。

さて、問題は、先天性副腎過形成の残りの 5 % である。 文光堂『小児科学 改訂第 10 版』 p.450 によれば、リポイド過形成症が 4.6 % を占めるらしい。 これはコレステロールをプレグネノロンに変換することができないものであり、 結果として、全てのステロイドホルモンを産生できなくなる。 一方、医学書院『標準泌尿器科学 第 9 版』 p.273 によれば、 「残りの 5 % は 11β-水酸化酵素欠損症である」となっている。 これは一体どういうことなのかと思い、 難病情報センターのウェブサイトを調べてみた。 するとリポイド過形成症は 先天性副腎過形成症の 4.1 % を占める、とあり、文光堂の方が正しそうである。 一方11β-水酸化酵素欠損症については 我が国では先天性副腎過形成症の 1 % 程度であるが、欧米では比較的多く、 イスラエルでは 5 % を占める、とある。 すなわち『標準泌尿器科学』は、欧米での報告を元に記載しているのだろう。

このように、著名な教科書であっても、語弊のある記述は散見されるものであるから、 勉強をするにも textbook literacy が必要である。


戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional