これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/05/18 性同一性障害

以前性同一性障害について書いたが、 先日、私の不見識を文光堂『小児科学 改訂第 10 版』に指摘されたので、補足および一部訂正する。 私の以前の記述をみて不快に感じられた人がいたら、申し訳ないことであり、ここにお詫び申し上げる。 しかし過去の記事については、もうだいぶ古くなっているので、修正せずに本記事へのリンクを設けるに留める。

そもそもヒトの性別は、生物学的、あるいは医学的に、明瞭に定義できるものではない。 性別を決定する要因には、性染色体、外性器の形状、性腺すなわち精巣や卵巣などの形態、脳の機能的性別などがある。 最後の「脳の機能的性別」が、いわゆる「心の性」であり、それ以外の要因が「身体の性」を構成する。 定型的には、性染色体が XY であれば外性器は陰茎を形成し、性腺は精巣などに分化し、脳の機能は男性的になるし、 XX であれば、陰核や膣、卵巣などが形成され、脳の機能は女性的になる。 しかし、ヒトの発生は非定型的に進行することも稀ではなく、その結果、いわゆる性分化障害が生じるのである。

たとえば、いわゆる副腎性器症候群の女児においては、ステロイド合成に関係する遺伝子が先天的に欠損しているために、 胎児期に副腎でアンドロゲンが過剰に産生される。 このため、陰核が陰茎様に形成されてしまうことがある。 しかし、このアンドロゲンの過剰分泌が起こる頃には既に脳の性別は決定されているらしく、性同一性障害を合併することは稀である。 そのため、性染色体が XX で卵巣を持つような副腎性器症候群の女児については、早期に外性器の形成手術を行い、戸籍上の性別は女性とされる。

また、何らかの事情により、たとえば性染色体が XY であるのに卵巣と精巣が形成されてしまう人もいる。 かつては半陰陽と呼ばれたが、この呼称は医学的実態を反映しておらず、不当に差別的と考えられるので、現代では用いられない。 この場合、性染色体だけを根拠に男性とみなして治療や戸籍登録を行うのは不適切である。 性染色体は、性別を決定する絶対的な基準ではないからである。 性別の判定が困難である場合には、いわゆる「心の性」を重視する観点から出生時点での性別判定を保留して出生届を作成し、 性別欄を空欄のまま戸籍登録することも可能であるということは、医師ならば必ず知っておくべきである。 従って、比較的少数ではあるが、外見や外性器は男性にみえても、医学的に女性と判定され、女性として戸籍登録される人も存在する。

以上のことから、性同一性障害は、脳以外の部分は定型的な性分化を遂げる一方で、 脳だけは非定型に性分化したものと考えられる。 すなわち、これは本質的には性分化障害の一型であるが、しかし出生時には診断不可能である。 このため、出生時にはその障害を見逃され、不幸にして誤った性別で戸籍登録されてしまうのである。 なお、性同一性障害を性分化障害に含めない意見もあるようだが、 それは臨床における便宜上のものであり、疾患の本質からは、あくまで性分化障害と考えるべきである。

また、性同一性障害患者で「心の性」を重視する患者については、性分化障害を見逃された、すなわち誤診されたわけであって、 医学的見地からは、戸籍上の性別が誤っているといえる。 現行法では、戸籍上の性別を変更するには性別適合手術を受けていることなどの厳しい条件が課されているが、これは不適切である。 すなわち出生届における性別欄の記載が実は誤っていたのだから、本来は、診断さえついていれば性別適合手術の有無に関係なく戸籍上の性別を修正すべきである。

残念ながら、こうしたことを深く考えていない、認識の甘い医師も少なくないようである。 たとえば MtF, すなわち「体の性」が男性で「心の性」が女性であるような性同一性障害の患者について、 「戸籍上の性別は男性だから」という理由で、カルテには男性として記載するような病院や医院も少なくないらしい。 上述の議論からすれば、これは戸籍上の性別が誤りなのだから、カルテには女性として記載するのが当然である。 戸籍上の性別は医学的判断に基づいて決定されるのであり、医学的判断が戸籍によって左右されてはならない。


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