これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/06/06 心電図を知っているか

私は、心電図が大好きである。 以前は大嫌いだったのだが、心電図のことを少しずつ理解するにつれて、どんどん、好きになっていったのである。 今では、まるで自分が心電図学の権威であるかのような顔をして、心電図の理論的解釈について実名で著した文書を インターネット上に公開しているほどである。 しかし、私もまだまだ、「心電図を知っている」などと言える域には程遠いのだ、と思い知らされる事件があった。

先日、某診療科の臨床実習の場におけるできごとである。 教授は、ペースメーカーによって心臓を動かしている患者の心電図を示し、 「この場合、ペースメーカーは、どこを刺激しているのか?」と問うた。 その心電図からは、ペースメーカーが心房ではなく心室を刺激していることは容易に読み取れた。 というのも、心室を刺激している場合には、心電図上では QRS 群の幅が広くなるのであるが、実際、 その心電図では QRS 群がとても幅広だったのである。 なぜ幅広になるのか、という理由は心電図学の理論により説明できるのだが、正しく説明しようとすると話が長くなるので、ここでは割愛する。

さて、私は、それが心室を刺激している心電図であることを直ちに理解した。 しかし「心室……」とまで述べたところで、得体の知れぬ不安に襲われ、たちまち勇気を失い、なんとなく 「……あるいは、それよりも上流のどこか」という意味不明な文言を付け加えてしまった。 「どこか」とは、どこなのか。一体、なぜ「上流のどこか」だと思ったのか。 自分でもよくわからない。というより、何も考えていなかった。 単に、断言する気力を失い、発言をぼかしてしまったのである。

教授はニヤリとしながら、「心室だよね」と言った。 あのニヤリの真意は、たぶん、「君は一体、何を言っているのだ」とか、 「わかっているのなら、変にぼかさずに、はっきり言いたまえ」とかいう意味であったのだと思う。

要するに、私は心電図をわかっていなかったのだ。 本当に心電図を知っているなら、堂々と「心室である」と断言できたはずである。 もし間違っていたならば、教授に対し「かくかくしかじかの理由で心室と考えたのだが、何が間違っているのか」と質問できたはずである。 断言できないということは、つまり、わかっていない、ということなのだ。


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