これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/06/07 21 トリソミー、出生前診断、人工妊娠中絶

昨日の学生 CPC で、21 トリソミー、すなわちダウン症候群が話題になった。 しばしば、21 トリソミーのことを「ダウン症」と表現する人がいるが、これは医学的には不適切な表現である。 そもそも「○○症」という語は「○○を呈する疾患」という意味であり、「○○症候群」の略称ではない。 21 トリソミーは単一症状ではなく、症候群、すなわち一連の多彩な症候を呈するものであるから、「ダウン症」ではなく「ダウン症候群」である。

近年では、21 トリソミーをはじめとした染色体異常が、出生前にある程度診断できるようになってきたために、 先天異常を理由とした人工妊娠中絶の可否が、以前から議論になっている。 一昨日には、函館地方裁判所で、出生前診断の結果を誤って両親に説明した医院に対し、 両親が人工妊娠中絶をするかどうか選択する権利を不当に侵害した、として損害賠償を命ずる判決が出た。 もちろん、これは極めて異常な判決である。なぜならば、ダウン症候群などの先天異常を理由とした人工妊娠中絶は、違法だからである。 違法行為を、裁判所が「権利」として認めてしまったのだ。

そもそも堕胎をすることは、刑法第二百十二条違反であり、堕胎罪にあたり、一年以下の懲役が課される。 母親に依頼されて堕胎させた者は、同法第二百十三条違反であり、同意堕胎罪である。 また、医師などが堕胎させた場合は、同法第二百十四条違反の業務上堕胎罪であり、三月以上五年以下の懲役となる。 さて、例外的に堕胎が許され得る状況が、人工妊娠中絶である。これは母体保護法第二条で 「胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出することをいう。」 と定義されている。「生命を保続することができない時期」とは、現代医学においては、妊娠第 22 週未満と考えられている。 母体保護法第二十四条は、強姦によって妊娠した場合や 「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」に限り、 人工妊娠中絶を認めている。

すなわち、妊娠 22 週以降の堕胎は人工妊娠中絶にあたらず、緊急避難にあたる場合を除いては、基本的に堕胎罪である。 また、強姦や「母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」以外に行う人工妊娠中絶も、堕胎罪である。 従って、先天異常を理由にした人工妊娠中絶も、堕胎罪である。 しかし現状では、出生前診断により先天異常が疑われた場合に、無理矢理「母体の健康を害する恐れがある」とこじつけて 人工妊娠中絶を行う医師がいるらしい。 彼らは、こうした行為が法的に認められていないことは知りつつも、社会的需要があることから、ある種の信念によって、 人工妊娠中絶を行っているのだろう。

個人が信念を持つのは結構であるが、法律に違反してまで信念を貫けば、それは犯罪である。 いったい、医者は、いつから法律を曲げる権限を持つようになったのか。 なぜ検察は、かかる不逞な医者を野放しにしているのか。

なお、誤解されると困るのだが、私自身は、母体保護法第二十四条を改正し、 先天異常を理由とした人工妊娠中絶を認めるべきだと考えている。 「命の選択」は良くない、とする意見もあるようだが、命を選択することを法的に規制せねばならぬ理由は存在せず、 両親の自由に委ねられるべきである。 だいたい、命の選択を許さないのであれば、カトリックのように、避妊も禁止するべきではないか。


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