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2014/06/14 『3 秒で心電図を読む本』

『3 秒で心電図を読む本』という書籍がある。著者の山下武志氏は循環器を専門とする医師である。 氏は多くの学生や内科医が心電図を苦手としている現状を憂い、心電図の要点だけ簡潔に読み取る技法を伝授しようとしているらしい。 私は以前、この書物を店頭でみかけた時、タイトルだけ読んで、その内容をくだらないものと決めつけ、手にとることをしなかった。 しかし、今年の四年生の一部の間で、この本が好評を博しているらしいとの噂を耳にして、一体、いかなる内容が記されているのかと思い、購入した。 途中で飽きたので、キチンと全部は読んでいないのだが、この本は、心電図をよく理解していない学生が読むにはふさわしくないと思う。 その理由を、以下に述べる。

まず第一に、はじめから、このような小手先の技術に頼るのでは、志が低すぎる。 医師として必要最低限の技能の獲得を目指して学ぶものは、ついに、その最低限の水準にすら達することがない。 循環器の専門家たらんとする意欲をもって学んだ者は、かろうじて、最低限の技能を身につけることができる。 そして、循環器を学ぶうちに、自分が循環器病学の権化であるという確信を抱いた者だけが、真に循環器の専門家となることができるのではないか。 山下氏の書は、専門家たらんと志して挫折した学生が、その後に、最低限の技能を確保するために読むべきものであろう。

第二に、氏は心電図の威力を過小評価している。同書の 15 ページで、氏は、心電図の意義をスクリーニングと位置付けている。 現在の臨床現場で、心電図が不当にもそのような扱いを受けていることは、事実である。 しかし、心電図は心臓の電気的活動を測定するほぼ唯一の手法であり、これは CT や MRI、核医学検査などによって代替可能なものではない。 すなわち、心電図は本質的には患者の心臓が持つ電気的特性について多彩な情報を含んでいるにもかかわらず、 それを精密検査として活用する技術が未だに確立されていないのは、Einthoven 以来 100 年間の心臓生理学者や循環器医の怠慢の結果に過ぎない。 こう書くと、侮辱されたと感じた生理学者は、私に対し「では、おまえがやってみろ」と言うであろう。 よろしい。もし本当に他にやる人がいないのであれば、仕方がないので、いずれ私が、精査目的での心電図の活用法を編み出してご覧にいれる所存である。

なお、こうした新しい技術の開発に対し多くの医学科生や臨床医が無関心であるという事実は、 日本における医学教育水準の低さを表しているように思われる。

2014/06/15 語句修正

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