これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/07/03 大腸腺腫治療のインフォームド・コンセント

我々が昨年 PBL で扱ったものと同一症例が、今年の四年生の PBL でも扱われたらしい。 これは、次のような症例である。

定期健康診断で便潜血陽性を指摘され、精査目的の結腸内視鏡検査で直腸にポリープを認めた。 生検により腺腫と診断されたため、内視鏡下粘膜剥離術 (Endoscopic Submucosal Dissection; ESD) を施行した。 ところが、切除標本の病理組織検査では、腺癌と診断された。 この腺癌は粘膜下層への高度の浸潤を来していたため、追加の大腸切除およびリンパ節郭清を勧めた。

専門外の人のために補足すると、ESD という手術法は、良性腫瘍や、あまり浸潤していない癌に対して行うものである。 高度な浸潤を伴う癌に対して ESD を行うと、癌組織の一部を取り残してしまうし、その場合、 残された癌細胞が活性化し、播種、すなわち遠隔転移を来しやすくなってしまうと考えられている。 この症例では、良性腫瘍であると思って ESD を行ったら、実は高度浸潤を伴う癌であったために、 「しまった」と思って追加手術を行ったのである。 なお、ここでいう「活性化」という言葉の意味は曖昧であるが、医学では、こうした不明確な術語で説明をごまかすことが少なくない。 これは現代医学の限界である以上、やむを得ないことではあるのだが、これらが曖昧で不適切な表現であるという認識は忘れてはいけない。

さて、ここで問題にしたいのは、最初に ESD を行う時点で、患者に対し、どのように説明するか、ということである。 「腺腫です。」と断言した場合、後で「誤診でした。実際には腺癌でした。」と言わざるを得なくなる。 一方、「腺腫と思われますが、腺癌である可能性を否定できません。」と言えば、「もっとキチンと検査してくれ。」と言われるであろう。

私は、この場合は「腺腫である」と断言し、後から腺癌であることが判明した場合には誤診した旨を告げて謝罪するべきであると考える。 これを何人かの友人に言ってみたところ、現実に誤診率が高いにもかかわらず、腺癌である可能性を予め言及しないのは、不誠実ではないか、との批判を受けた。 「もっとキチンと検査しろ」という患者側の要求に対しては、「検査してもわからないこともあるのだ」と返答すべし、というのである。

しかし、高度浸潤を伴う腺癌の可能性を考慮しながら ESD を行うというのは、どういうことなのか。 ひょっとすると悪性腫瘍のまんなかを切断することになってしまうかもしれないが、まぁいいか、と、考えているのか。 もしそうであるならば、あまりに無責任であり、野蛮な手術である。

そうではあるまい。ESD を行う以上は、それが良性腫瘍である、あるいは悪性であったとしても浸潤の程度は軽い、という自信を持っていなければならない。 生検で適切な部位を採取できていないかもしれない、と思うのであれば、充分に多数の試料を採取するなどの対応が必要である。 従って、患者に対して「癌である可能性を否定できない」と説明して ESD を行うことは、あり得ない。


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