これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/04/12 珍妙な質問

4 月 21 日の記事5 月 6 日の記事も参照されたい。

臨床実習は、6 人ないし 7 人の班で各科各部をまわるものである。少人数であるから、学生側も、比較的、質問しやすい雰囲気である。 そこで私も、疑問に思ったことを遠慮なく口にしているのだが、結果的に、ヘンテコな質問を多数、発しているかもしれない。 先日も、血液疾患について、我ながら珍妙な質問を発した。 先天性プロテイン C 欠損症の症例の血液検査結果をみて、「急性ビタミン K 欠乏症の可能性はないでしょうか」と問うたのである。 以下、恐縮ながら専門的な話になるので医学関係者以外にはわかりにくいと思うが、生理学を学んだ人や医学科三年生以上なら、充分に理解できるはずである。

まずプロテイン C について確認すると、これはプロテイン S およびトロンビンにより活性化され、第 V, VIII 因子を不活化することで抗凝固作用を発揮する。 すなわち血液凝固における負のフィードバックを担っている蛋白質である。 なお、ヘパリンはアンチトロンビンを活性化することで第 IX から第 XII 因子などを不活化するし、 ワルファリンはビタミン K と拮抗することで第 II, VII, IX, X 因子の産生を阻害する。 細かいことをいえば、ビタミン K はこれらの因子がゴルジ体でカルボキシル化される反応の補酵素なので、 ワルファリンは適切に修飾されていない異常蛋白質の産生を亢進させることになる。 また、EDTA やクエン酸ナトリウムはカルシウムイオンをキレートすることで、トロンビンなどの活性化を阻害する。 このように、一口に「抗凝固」といっても作用機序は多様であるので、これらを適切に使いわける必要がある。

さて、ワルファリン誘発性表皮壊死症という病態は、初等的な教科書には書かれていないこともあるが、ワルファリンの性質を的確に反映している。 プロテイン C やプロテイン S もビタミン K 依存的にカルボキシル化されるため、ワルファリン投与により活性が低下する。 凝固因子の中では第 VII 因子の半減期が特に短く、6 時間であるが、プロテイン C の半減期も 14 時間と、かなり短い。 従って、ワルファリン投与直後には第 VII 因子とプロテイン C の血中濃度が大きく低下し、いわゆる内因系による血液凝固が一過性に亢進する。 健常人であれば、これは何らの異常も生じないことが普通であるが、先天性にプロテイン C が少ない人の場合、 微小血管系に血栓が生じることがある。 このため、時に皮膚が広範に壊死することがあり、これをワルファリン誘発性表皮壊死症などと呼ぶ。 この機序から考えてわかるように、ワルファリン誘発性表皮壊死症は、たとえ症状が広範にわたっていても、 一過性の凝固傾向に過ぎないため、特別な治療は必要なく、やがて回復する。

このことをふまえて、血液検査所見としてトロンビン時間や活性化部分トロンボプラスチン時間が概ね正常で、プロテイン C が少ない患者をみたとき、 ひょっとすると急性ビタミン K 欠乏症の可能性があるのではないか、という考えが頭をよぎったのである。 が、結論としては、ビタミン K 欠乏症は、よほど偏った食事をしていなければ来さないし、ましてや、急性に生じると考えるのは無理がある、とのことである。

というわけで、これは非常にくだらない質問であったわけだが、こうした細かな疑問について自問自答を繰り返し、また質問を繰り返すことで、 学問に対する理解が深まっていくのではないかと思う。

2014/04/21 ワルファリンの作用機序について追記

戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional